レジェンドCDが「AI」的にアイデア出しをしていた時代
福里:今の流れでもう1つ思い出した話があって、私は電通に入りたての頃、佐藤雅彦さんの下についていたんですよ。佐藤さんはCDであり、東京芸術大学の名誉教授であり、新しい表現を常に模索されている方で。皆さんにわかりやすく言うと「ピタゴラスイッチ」を生み出した方ですね。元々は電通でCMプランナーをされていました。
藤平:もちろん、存じています。
福里:当時から佐藤さんは天才的なCMを次々と手掛けられていたんですが、企画する時は、必ず私含むチームメンバーを複数人集めて、夜な夜な会議をされるんです。日中は撮影やプレゼンがあるので、企画会議が始まるのは大体夜の12時くらいで。「○○さん、何か思いつきましたか。発表して下さい」と、一人ひとりに丁寧に聞きながら進めるスタイルでした。
なんですが、佐藤さんはもう何日も寝ていなかったりするので、3時くらいに隣の会議室で仮眠をとるんですね。で、しばらくして起きてきたら、「何かいいアイデアを思いつきましたか?」とまた私たちの企画を聞くわけです。私たちは佐藤さんが寝ている間に考えていた企画を出すんですが、そうしていると途中で佐藤さんが突然、「では、こういうのはどうでしょう」と、素晴らしい企画を話し始めるんですよ。それがもう完璧な企画なんです、頭からお尻まで。

佐藤さんが最終的に出す企画は、我々の企画案とは直接的にはリンクしていないことが多かった。でも、最初から佐藤さんが1人だけで考えていたら、多分その企画は思いつけなかったと思うんです。佐藤さんにとって意味がなければ、睡眠も足りていないのに、わざわざ夜中に企画会議なんてしないでしょうから。
だから、今思うと、我々は佐藤さんにとっていろんな企画の素材を出す役割、つまり今でいうAIみたいなものだったのかもしれません。きっと今も、「AIが企画を作る」というよりは、「思いつくためのきっかけをAIが必死に出してくれる」ということなんでしょうね。
藤平:福里さんにも、AIのように企画出しに奮闘していた時代があったんですね(笑)。ちなみに、AIへの指示はパワハラ的であればあるほど効果が出るとも言われています。「もっと人間に寄り添って考えてください」「次ダメだったら終わりと思って案を出してください」と、追い詰めるほうがクオリティは高くなるそうです。「人間にはやっちゃダメだけど、AIにはやってもいいよ」というのは、まだなんか抵抗がありますが(笑)。
そもそも「企画」作業を効率化したいかどうか
藤平:そんな激務時代も振り返った上で、そもそも福里さんは、企画の作業を効率化したい、できればラクしたいと思われますか? それとも、企画のプロセスそのものが好きだから自分で考えたいという感じですか?

福里:CMを制作するプロセスの中で「企画」が一番好きです。だから、「AIに企画案をたくさん考えてもらう」というのを聞いた時、まず思ったのは「一番面白いところを自分でやれなくなっちゃうな」ということでした。
藤平:なるほど、いかにも福里さんらしいです。これはよく聞かれる質問かもしれませんが、企画をする上で、最も大事にしていることは何でしょうか?
福里:1つはっきり意識しているのは「企画をする時間をちゃんと取る」ということです。私はそれが一番大事かなと思っています。忙しなくいろいろしていると、あたかも「すごく考えている」気になってしまいがちですが、実はそうでもないかもしれません。
あと、私は先ほどお話しした佐藤雅彦さん的な企画のやり方をしてこなかったんですよ。つまり、みんなで企画案を出し合うというより、今はもうiPadですが、白い紙に向き合って1人でじっくり考えるタイプで。その時間を一番大事にしてきました。そういう意味では、企画でAIを使うということに最も心が動かないタイプの人間かもしれません(笑)。
藤平:時間を取る。テクニックではない真芯のご回答にハッとしました。そして、過去に福里さんがご担当されたCMをバーッと見返しても、作風が多様な「福里AI」は作るのがかなり難しそうだなと思っていたんですが、ほぼお一人で企画されるスタイル含めて、AIの真逆とすら言える路線ですね。
もちろん、クリエイターの作品や企画書をAIに学習させれば、理論上は「クリエイター○○AI」を構築することは可能でしょうし(参考の過去記事)、AIに大量に素材出しをしてもらうこともすぐにできますが……。その人の企画のプロセスにAIがハマるか、否かは、たしかに分かれてきそうですね。
