マーケティングの分野や手法はどうつながっているのか?
MarkeZine編集部 吉永(以下、MZ):『マーケティング手法大全』は、基礎的なマーケティングのセオリーを紐解きながら、様々な「〇〇〇マーケティング」を辞書のように網羅しています。まず、本書のコンセプトをうかがえますか?
西口:本書は、マーケティング入門者の方も含めた幅広いキャリアの方に、マーケティングの全体像を理解していただけるようにまとめた1冊です。マーケティングの全体像を理解し、「誰に何を提案するか?」=WHO&WHATという根幹を押さえながら、数多く存在する手法=HOWを網羅し、そこから最適なHOWを選ぶ視点を持てるよう心掛けました。

西口一希 (著) 翔泳社 2,200円(税込)
MZ:本書の内容や構成を、簡単に教えてください。
西口:基礎的なマーケティングプロセスの解説から始まり、手法のうちで重要な12分野24種のマーケティング、顧客起点マーケティングとAIマーケティング、そしてその他の89種の「〇〇〇マーケティング」の紹介を、豊富な事例を添えて収録しています。
たとえば、マーケティングプロセスとして有名な「R-STP-MM-I-C」ですが、その中身について、またどこまでが戦略でどこからが戦術か、といったことは意外と意識されていません。なぜかというと、マーケティングの“HOW”が広がりすぎて、デジマならデジマ、その中でも運用型広告、CRM、と業務の個別最適化が著しく進んでいるからです。

個別最適化が進み、全体像が見えない
西口:また、この「R-STP-MM-I-C」とマーケティングのWHO・WHAT・HOWがどのような関係になっているかも、体系立てて説明できる方は多くないのではないでしょうか。本書のマスマーケティングやデジタルマーケティングといった「12分野24種の重要なマーケティング手法」と、後半の「89種のマーケティング手法」はいずれも戦術であり、WHO・WHAT・HOWでいうところのHOWです。
これらを正しく図解すると、次のようになります。これがマーケティングの全体像です。

MZ:このようなコンセプトの書籍を執筆された背景をうかがえますか。
西口:少し前にAmazonで「マーケティング」と検索すると、なんと3万冊も書籍が出てきました。マーケティングという領域が広がりすぎて、学問としてはもう整理できず、この連載の最初に触れたようにマーケティングの定義もあいまいになっています。私自身、経営コンサルティングや個別の相談に乗る中で都度説明させていただきながら、学んできた部分があります。
2023年の書籍『マーケティングを学んだけれど、どう使っていいかわからない人へ』(日本実業出版社)の読者対象であるマーケティング初学者の方々にお話をうかがうと、「ある程度の内容はわかったけれど、全体像や自分の立ち位置が見えない」との意見が挙がりました。「様々なマーケティングの分野やセオリーや手法はどうつながっているのか」という声を複数聞いたのです。
そこで今回の書籍ではマーケティングの全体像を提示し、マーケターの実務とキャリア形成に役立てていただきたいと考えました。
「とりあえずデジマ」HOWから入ってしまう問題
MZ:おっしゃるように、マーケティングの範囲が広すぎて何を学べばいいのかわからないところがあると感じます。全体像が見えないと、どういった状況に陥ってしまうのでしょうか?
西口:実務上で問題なのは、「とりあえずデジマをやろう」といった形でHOWから入ってしまうことです。まずはWHO&WHATを明確に捉えて、そこから「デジマか、店舗か、あるいはイベントか」など適切なHOWを選ぶべきです。
その際も、選択肢を網羅的に捉えていなければ、自分が知っている手法から選ぶしかありません。それでは、成果が限定的になるか無駄打ちに終わってしまう懸念もあります。
また、キャリア形成においても、現在地が見えなければ自分の価値を上げられません。たとえばデジタルマーケティングの中でも、運用広告をメインで担当している方は、それ以外のデジマや、ましてマス領域はまったく未知の領域だったりするでしょう。他の領域を知らないまま、個別最適化してしまうこともあります。
マーケティングがバケツリレーのようになっている中では、将来的にマーケの責任者やCMOクラスを目指していても、現状では難しいのでは、といったキャリアの相談も多く受けてきました。
MZ:その点、全体像がわかると、自分が目指す方向に進むためには次にどんな知識を得て、経験を積めばいいのかがつかめるわけですね。
西口:はい。経営層やジェネラリストになりたいなら、全体像を念頭に置いたディレクションが必須ですし、スペシャリストになるならどのレイヤーの専門家になるか、全体を踏まえて考えていくことが賢明でしょう。
いかに強いパーティを作るか──マーケティングは冒険RPG?
西口:全体像を理解することは、さらに、チーム編成にも有効です。たとえば「1to1マーケティング」なら、1to1のアプローチでビジネスを最大化するのが有効な際、それを可能にするツールを使ったり、その経験が豊富なメンバーをチームに入れたりすればいいわけです。
でも、そもそも「1to1マーケティング」の存在や概要を知らなければ、まさに必要なタイミングで「1to1マーケティングをしよう」と判断できないですよね。
MZ:確かに、知らないと気づきようがないですね。
西口:なので全体像をまず“知る”ことは、どのレベルのマーケターにとっても重要です。仮にトップレベルのCMOでも、マーケティング領域がこれだけ細分化していると、全部を一人で使いこなせる人はいません。全体像を頭に入れ、手法を最大限に駆使して、ベストな組み合わせで課題に対応していくことが求められます。
マーケティングは主に、チームで進める業務です。自分に何の能力があり、何が足りず、他にどんな方と連携するべきかが見通せるのは重要なことです。これはさながら、RPGのようだと思います。「ドラクエ」や「ファイナルファンタジー」のような冒険RPGでは、剣士だけ、魔術師だけといった役職の偏ったパーティでは勝てませんよね。
MZ:確かに、マーケティングのパーティも多様性が必要ですね。となると、その点でも全体像がわからないといけないのですね。
西口:その通りです。しかも、パーティが固定では勝ち進めません。その時の状況や環境に応じて、編成や道具を変えて降りかかる課題に挑んでいく。マーケティングは、それに近しいと思います。
航海に必要な「世界地図&ガイドブック」
MZ:本連載で取り上げてきた『マーケティングを学んだけれど、どう使っていいかわからない人へ』と、今回の『マーケティング手法大全』は、初学者にわかりやすいという点で共通しています。ペアとなる書籍のようにも感じますが、どのような違いがありますか?
西口:前著が「マーケティングでビジネスをどう切り開くか」の航海術の書だとしたら、本書は実際の航海に必要な「世界地図&ガイドブック」です。どこがどんな気候で、どんな動物がいて、どんな食べ物が手に入るのか。地域特性や暮らし方は、今いる場所と比べてどうなのか。現在地と行き先を確かめ、そこに行くのに何が必要なのかがわかれば、実務にもキャリア形成にも活かせます。
MZ:マーケティングの全体像の図を見て、前著に登場し本連載でも解説いただいたストラテジーマップが思い浮かびました。この2つの図は、どう使い分ければいいでしょうか。
西口:今回の全体像は、業務のプロセスです。一方でストラテジーマップは、新規顧客になったりロイヤル化したり離反したり、ブランディングの影響を受けたりと、顧客の状態変化を表しています。その変化を踏まえた戦略の地図なんです。そのため、両方を照らし合わせて業務に活用してもらえたらと思っています。


AIマーケティングが広がる時代に
MZ:『マーケティング手法大全』ではAIマーケティングの箇所も、見逃せないトピックだと感じました。どういった予測のもと執筆されたのですか?
西口:AIマーケティングの最終的なゴールは明確で、あらゆる情報をデータとしてAIに与えることで、業務プロセス全体をAIが代替・自動化するようになるでしょう。マーケティングの手法も最適なものを選んでくれますから、人間が試行錯誤して選ぶ必要がなくなります。
ただし、人間が要らなくなるわけではありません。今後のマーケティングにおける人間の役割を考える上で重要なポイントの一つは、AIが精緻化させ効率化を進める部分を、ブラックボックスにしないことです。飛行機の自動操縦が進んだからといって、パイロットが不在にはなっていませんよね。AIを使う側として、マーケターがしっかり舵取りして調整する必要があります。
そしてもう一つは、人間の心理に向き合うことです。N1分析などを通して、潜在意識も含めた顧客のインサイトをつかむことが、人間ならではの役割として残っていると考えています。
MZ:最後に、入門者の方を含めて、この本をどのような方にどう使ってもらいたいかお聞かせください。
西口:本書の内容はできるだけ平易にしましたが、決して入門者に限った本ではありません。中堅マーケターやそれ以上の方、またマーケティングに興味がある方やマーケ以外の職種のビジネスパーソンまで幅広く、知識の習得に活用いただけると思います。同時に、マーケの人材や責任者を採用する立場の方なら、「この人は何に強いのか」を判断するにも役立ちます。
本書の読者特典コンテンツ(詳細は本書p285)や派生する内容などを、私が運営する無料の学習コンテンツ「Wisdom-Beta」で発信しているので、本書と合わせて活かしてください。学びに終わりはありませんので、AIを含め、ぜひこれからも読者の皆さんには学び続けていただけたらと思います。