消費者行動視点の顧客経験研究──消費者がブランド購買時に求めるもの
このような問題意識の下、今回の特集号では、消費者行動を中心とする、現在のマーケティング研究におけるトップランナーたちに執筆を依頼しました。上智大学の杉谷陽子教授と外川拓准教授による論文「消費者はブランド購買に何を求めているのか ― 抽象的マインドセットの時に消費者は『自己とブランドのつながり』を重視する ―(日本語訳PDFダウンロード)」では、ブランド選択時に個人的な要因(好みなど)と社会的な要因(他人の目など)が葛藤するような顧客経験の一側面に着目しています。
社会的規範に従ったり他者の目を意識したりすることは、場合によっては本人の好みを抑えることにつながるため、顧客経験の質や満足度を低下させる恐れがあります(Hamilton et al., 2021)。この問題について、杉谷陽子教授と外川拓准教授は、消費者行動研究における主要理論の一つである解釈レベル理論を用いて検討しています。
解釈レベル理論によれば、対象までの心理的な距離(時間、空間、実現性など)が遠いか近いかによって、消費者が情報をどのように捉えるのかが変わります。杉谷陽子教授と外川拓准教授の研究では、合計3つの調査や実験によって消費者のマインドセット(無意識的な思考の癖のようなもの)における抽象度が、「自己とブランドのつながり」のみを重視するのか、それだけではなく社会的な規範も考慮するようになるのかを左右することが明らかにされました。上で述べた問題意識と深く関連する重要な研究といえます。
企業目線で考えるセンサリー・マーケティング
早稲田大学の石井裕明准教授、東京国際大学の平木いくみ教授、上智大学の外川拓准教授、早稲田大学の恩藏直人教授による研究「小売企業の経営者はセンサリー・マーケティングをどう考えているのか? ― 有効活用に向けたインタビュー調査による検討 ―」では、我が国の有力小売企業10社の経営者および経営幹部を対象にインタビュー調査を行っています。その結果から、消費者の五感に訴えかける「センサリー・マーケティング」という手法に対する企業サイドの意識や考えが紐解かれています。
顧客は様々な感覚を通して企業などが発するマーケティング情報を受け取るので、センサリー・マーケティングはまさに、顧客経験に関する近年的議論の中心的存在です。しかしながらセンサリー・マーケティングに関する既存の研究は、もっぱら消費者行動研究、つまり、センサリー・マーケティングの受け手に関する研究が大半でした。
石井裕明准教授らが明らかにする事実は、センサリー・マーケティングに関心のある人たちにとって非常に新鮮で、有益なものになるでしょう。とりわけ、新しい視点からブランド経験に関する研究や実践をしたいと考えているマーケターにとって、示唆に富む内容となっています。
