健康中心の社会に。ライフサイエンスがもたらす価値観の転換
2024年、米国のバイオ企業であるColossal Biosciencesが「2027年までに ”マンモスのような動物” を誕生させる」という計画を発表し、世間を驚かせました。まるで空想科学のような話ですが、科学の進歩によって、それが現実のものとなりつつあるのです。近年のライフサイエンスの進歩は目覚ましく、各国政府もこの分野を次世代の成長エンジンと位置づけ、巨額の資金が研究と市場に流れ込むことで、イノベーションの連鎖が生まれています。
ライフサイエンスの進化にともない、私たちの健康観は大きく変わりつつあります。かつては「予防や治療」が中心だった健康の概念は、今や「健康の向上・身体の進化」へとシフトしています。高性能なウェアラブルデバイスやパーソナライズされた栄養・運動プログラムなど、以前はプロアスリートだけが利用していたような高度な健康サービスが、今では一般の人々にも広く普及。ソーシャルメディアを通じて健康に関する知識が日常的に共有され、世代を超えて健康リテラシーが急速に高まっています。まさに「健康の民主化」と言える現象が起きています。
この変化は、ブランドのあり方にも大きな影響を与えています。ヘルスケアブランドは、健康だけでなく暮らし全体をサポートするライフスタイルブランドに。一方で、これまであまり関わりのなかった一般ブランドも、健康分野に商品やサービスの展開を広げています。たとえば、医療は無機質で一方通行なものから、共感や対話を大切にしたサービスに変わってきており、製品もデザイン性や使いやすさが重視されるようになりました。診断や健康管理のためのツールも、家庭や日常生活の中に自然に溶け込む存在になっています。
このように、ライフサイエンスの進化によって、テクノロジーと人間の関係は新たな共生の時代へと進んでいます。この記事では、「健康とウェルネス」がどのように再定義されているのかを、具体的な事例を交えながら深く掘り下げていきます。
(1)健康=パーソナルな体験:IKEA「DESIGN YOUR SLEEP WHILE YOU SLEEP」

スペインでは、成人の35%以上が睡眠に関する悩みを抱えていると言われています。しかし、その原因や改善方法を正しく理解している人は多くありません。
そこでIKEAは、「眠るだけで理想の寝室をデザインできる」という、まったく新しいアプローチを提案しました。この取り組みは、スマートフォンアプリ「ShutEye(シャットアイ)」とのコラボレーションによって実現。アプリは、睡眠サイクルやいびき、外部の騒音などのシグナルを取得。そのデータは、IKEAが長年研究してきた「快適さ・光・温度・音・空気の質・整頓」という睡眠の質を左右する6つの要素をベースに分析。そのうえで、いびきが気になる人には人間工学に基づいた枕を、外の音で眠れない人には防音カーテンを、光に敏感な人には遮光ブラインドを━━ユーザーの課題に合わせた具体的なホームソリューションが提案されました。
まさに“データ駆動型デザイン”(ユーザーの行動データを活用してデザインを最適化していくアプローチ)を活用したキャンペーンなのですが、IKEAは単なる家具ブランドではなく、より良い暮らしを支える存在として注目を集めました。
このように、健康分野では「パーソナライズド(個別化)」の考え方が急速に広がっています。さらに他のブランドの事例も見てみましょう。