サンリオ時間の増幅が基本戦略
──まずは、御社が掲げているマーケティング戦略の全体像を紹介いただけますか?
田口:サンリオには「サンリオ時間」という非財務指標が存在します。サンリオキャラクターのファンの笑顔の総和を示す指標です。
田口:サンリオ時間は「寄り添い時間」と「夢中時間」の二つで構成されています。たとえば、身の回りにサンリオキャラクターのグッズがあり、ふとしたときにそれを目にして「サンリオと触れ合っている」と感じられる時間が寄り添い時間です。もう一方の夢中時間は、サンリオについて調べたりサンリオピューロランドに足を運んだり、サンリオを積極的に楽しもうとする時間を指します。
サンリオ時間を増やすことが当社のマーケティングの基本戦略です。我々の使命は2020年7月にローンチした全社CRM「Sanrio+(サンリオプラス)」を通じてお客様を理解し、お客様に寄り添ったコミュニケーションを提供して、お客様が笑顔になれる時間を増やすことだと考えています。
──コミュニケーションを提供するチャネルとして、どのような顧客接点がありますか?
田口:直営店や百貨店・商業施設内の店舗など、約150の販売店と「サンリオピューロランド」「ハーモニーランド」などのテーマパークがオフラインの顧客接点です。アプリやメール、オウンドメディア、ECサイト、SNSなどのオンラインチャネルもあり、特にXでは公式アカウントを運用するキャラクターもあるほど力を入れています。
──サンリオ時間の増幅を目指すにあたり、直面していた課題があれば教えてください。
田口:Sanrio+をローンチする前は、各接点にデータが分散していました。あるお客様が様々な接点でサンリオと接触してくださっていても、当社ではその方を同一の人物として捉えることができなかったのです。
データのサイロ化に端を発する、リアルタイムコミュニケーションの立ちゆかなさにも課題がありました。たとえば、お客様がサンリオピューロランドを訪れた何日も後に「ピューロランドは楽しいですよ」と訴えるコミュニケーションをしても響きませんよね。やはり現地で楽しんだ興奮が冷めやらないうちに「ピューロランドは最高ですよね」と伝えたい。そのためには、お客様の感情に寄り添ったコミュニケーションを実現する仕組みが不可欠でした。
リアルタイム処理とモバイルの強さが決め手
──今うかがった課題をクリアするためにBrazeを導入されたそうですね。選定の決め手をお話しください。
田口:当時、オウンドメディアのトラフィックの85%がモバイル端末経由だったため、モバイルに強いことが必須条件でした。加えて、一つのツールでアプリプッシュ、メールなど、幅広いチャネルをクロスしたコミュニケーションが提供できること、リアルタイム処理に強いことなどを重要視して比較検討を重ねた結果、2023年6月にBrazeを導入しました。
──Brazeを活用した具体的な施策を紹介いただけますか?
髙松:当社では二種類の1to1コミュニケーションにBrazeを活用しています。一つはタイミングの1to1コミュニケーションです。
髙松:店舗での購入時にSanrio+のアプリ会員証を提示すると「スマイル」というポイントが付与されるのですが、購入後に「スマイルを獲得したからチェックしてね」と報せるプッシュ通知を即時で行っています。
また、初回購入のお客様に対してご購入の翌日にクーポンを配信したり、Sanrio+に登録をしてくださったお客様に対してウェルカムメッセージを配信したりしています。Sanrio+には多岐に亘るサービスがあるため、会員登録から5日連続で計5通のメールを配信し、各種サービスをご紹介する目的です。
メールよりアプリのプッシュ通知のほうが受け取りやすい方もいらっしゃるため、最近は会員登録後のプッシュ通知を行っています。煩わしさを感じさせないよう、通知数と内容を絞ったり、通知の間隔を空けたりする配慮が必要です。
ハローキティとぐでたまでファンの属性は異なる
──コンテンツの1to1コミュニケーションにおいては、どのような施策を行っていますか?
髙松:お客様が最も心を寄せてくださっている、キャラクターを活用したコミュニケーションを増やしているところです。投票数によって順位を決定する年次イベント「サンリオキャラクター大賞」では、会期の終了後に自身が最も多く投票したキャラクターからお礼のメールが届きます。
田口:キャラクターとお客様とのエンゲージメントが当社のマーケティングの要だと考えています。Sanrio+を立ち上げたとき、最もこだわったのが会員証のデザインでした。一般的な会員証では保有しているポイントが大きく表示されますが、Sanrio+の会員証では22のキャラクターから自身の好きなキャラクターを選んで会員証のデザインに反映できるんです。
田口:ハローキティがお好きな方と、ぐでたまがお好きな方の属性は大きく異なります。全員に一律のコミュニケーションを届けるやり方がファンの気持ちに寄り添っているとは思いません。会員証のデザインでハローキティを選ぶ方は、ハローキティからメッセージを受け取りたいと思います。
とは言え当社には非常に多くのキャラクターがいます。それぞれのキャラクターからの1to1コミュニケーションを追求すると掛け合わせのバリエーションが膨大になってしまうため、それに対応する意味でもBrazeが必須でした。現在はクリエイティブの出し分けに留まっていますが、今後は各キャラクターの個性を反映した文面の出し分けなどにもトライしたいです。
インセンティブの明示でアンケートの回答率がUP
──確かな効果を実感した施策があればお聞かせください。
髙松:Sanrio+には「Sanrio+ハートあつめ」という、会員ステージを上げるための制度があります。メールマガジンの登録やサンリオショップでのお買い物など、規定のアクションに対してハートが付与され、一定数のハートが集まると会員ステージが上がる仕組みです。
ハートがもらえるアクションの一つに「アンケートの回答」があるのですが、回答率が低く、あまり認知されていないという仮説を立てました。そこで、アンケート未回答のお客様の中から、ハートをあと一つ獲得すれば上のステージに上がる状態のお客様に対象を絞り「アンケートに回答すればステージが上がりますよ」「ステージが上がるとサンリオピューロランド デイパスポートのプレゼントキャンペーンに申し込めますよ」など、具体的なインセンティブを明示するシナリオを作成しました。
BrazeにはABテストを簡単に実施できる機能があります。その機能を使ってシナリオの効果を検証したところ、最初の1週間で明確な有意差が見られました。インセンティブを告知したグループのほうが、告知しなかったグループよりもアンケートの回答率が高かったのです。2週間様子を見ても差が明らかだったため、ABテストを止めて全員に配信しました。
田口:Sanrio+ハートあつめの特徴は、お客様の購買金額ではなくアクションに応じてハートが付与される点にあります。つまり、主体的なアクションを促すコミュニケーションが不可欠なのです。
全員に対して「頑張ってハートを集めましょう」と訴求しても、なかなか自分ごととして捉えていただけません。ステージ別のコミュニケーションはもちろん「このアクションを達成すれば次のステージに手が届くからやってみてください」というお客様に寄り添ったコミュニケーションをすることで、お客様の行動も変わってくると思います。
──行動データをより精緻に把握してシナリオに反映する必要がありそうですね。
髙松:はい。Brazeでは属性やイベントをカスタマイズできるため「この属性の方にはこのイベントを実施する」といったアクションを簡単に実行できる点に使い勝手の良さを感じています。
CRMの“宿命”をどう乗り越える?
──理想的な体制でマーケティングを推進されているようにお見受けしますが、苦労されていることはありますか?
鈴木:CRMの宿命と言えるかもしれませんが、顧客エンゲージメントの向上は売上や収益への貢献度を可視化しにくいため、経営層や他部署のメンバーにMAツールおよびCRMの意義を理解してもらう活動には、より一層力を入れなければなりません。
鈴木:「CRMに取り組むべき」という共通理解はあるのですが「それによって売上が●%上がりました」という単純な話ではないため、投資対効果の証明にチャレンジの余地を感じています。
髙松:ただ、6月に公開した当社のIR資料では、長期ビジョンの中に「自分のためだけのサンリオ情報が届くようになる」という文言が明記されていました。安定的な収益基盤の構築を目指すにあたり、CRMの果たすべき役割と期待の大きさを感じています。
部門間連携の一手は「データのリッチ化」
──最後に、御社の展望をお聞かせください。
髙松:キャラクターを活用したコミュニケーションを強化したいです。自身の好きなキャラクターの情報に接する時間は、まさにサンリオ時間だと思います。その時間を増やすためには、キャラクター別の1to1コミュニケーションが必要です。
鈴木:CX推進課のミッションは顧客エンゲージメントの強化です。それによるLTVの最大化がゴールなため、ミッションとゴールに即したBrazeの運用を今後も進めます。CRMの費用対効果を説明するためのロジック構築も引き続き課題ではありますが、1to1コミュニケーションによってお客様の体験が心地良くなるのは間違いありませんから、信じて推進したいです。
田口:当社は事業領域を拡大し、新しい顧客接点を増やしていく計画です。数年前に立ち上がった「エデュテイメント事業」をはじめ、ゲーム事業やメタバース事業にもチャレンジしています。ファンの皆さまが自分の好きなサンリオキャラクターを通じてサンリオの様々なサービスに触れ、体験することができる。Sanrio+がその入り口になれると良いと思っています。
それを実現するためにも、事業/部署の垣根を超えた連携と一貫した顧客コミュニケーションのシナリオ作りは不可欠です。組織を横断しながら顧客体験をシームレスにつなげる取り組みのため、今まで以上にBrazeを活用しながら取り組んでいきたいです。
髙松:たとえば「このお客様にはお子様がいらっしゃる」「このお客様はゲームが好き」などのデータは、他の事業部にも価値を感じてもらいやすいと思います。データをリッチにし、Sanrio+という会員基盤を様々な事業で活用できるような体制づくりが重要だと考えています。

