Adobe・IBM・Oracle・Salesforce・SAPも追随したが撤退
「広告データが新たな石油」という思想のもとで進んだ投資は、広告業界に留まるものではなかった。Adobe・IBM・Oracle・Salesforce・SAPといったテックジャイアントも、この領域へ一斉に参入していた。
これら巨大テック企業の参入は、既存の広告エージェンシーグループに「事業を根底から奪われる」という危機感を植え付け、煽った。しかし、図4に並ぶ事業群の多くは十分な価値を創出できないまま、一過性のブームとして償却、あるいは撤退を余儀なくされているのが実態である。
この連鎖的なM&Aの結果、電通グループが世界で積み上げたのれん資産は、2023年末で8,311億円に(図5)。無形資産の項目を加えた「広い意味ののれん」ならば、合計1兆円を超えていた。
電通グループは世界規模で集積された事業群の資産価値について、将来期待されるキャッシュフローに基づき厳格に再評価された結果、買収当時の想定を下回ると判断。これを受け、2024年度から2025年度にかけて、段階的な減損措置が断行されたのが最終利益赤字の背景である。
2025年末のれん残高は3,201億円まで圧縮されており(図5)、2023年末からの2年間で約5,110億円(6割)もの資産を削減したことになる。報道で強調される巨額赤字の正体は、まさにこの財務上の判断に他ならない。
WPPやOmnicomを含め、さらに日本の上場企業においても起こり得る、デジタル全盛期のM&A投資のコスト回収を見出せぬまま負債として未来に付け、後に多額の減損処理を迫られる経営パターンだったとしよう。
電通グループの今回の判断(2年前)は、新体制(AI基盤)へ向けた次世代エージェンシーの経営陣へのバトンタッチを見据えた準備づくりだったと言える。広告Cookie(ターゲティング)時代の投資を振り返った上での、次なる「AIエージェンティックモデル」への移行だ。
事業投資の転換点。「AIエージェント」同士が繋がり、AIトークンの取引買い付けも開始
既に「次世代のエージェンシー」事業投資にも、大きな転換が生まれている。
AIが広告エージェンシーの日常業務に浸透するにつれ、業種専門「AIエージェント」が登場し、それらが他のAIエージェント同士と接続された「AIオーケストレーション化」が進んでいく。
そのAIエージェントたちを動かすコスト(通貨)として、これまで存在しなかった「AIコンピュートコスト」が損益計算書(P/L)の中核に浮上している。
「エージェンシーのエネルギーとなる“AIの計算資源(トークン)“を、原材料としていかに安価に仕入れるか」――コピーライティング、パフォーマンスレポートの生成、クリエイティブのバリエーション制作などのあらゆるタスクがAIトークン(AI作業の単位)を消費し、その成果物のコストは利用高に比例する変動費(定額サブスクではなく、予測が困難)としてエージェンシーの経営に積み上がる。まるでCookie集積コストの再来のようだ。
上記の「クリエイティブの生成」の程度ならばAI活用も想像しやすいが、より規模・範囲が大きくなる、メディアプラニングから実行・バイイングまでの作業自動化ならばどうだろうか。そのサービスでは、テクノロジー企業・データ企業・メディア企業・金融取引・リテール企業のAIエージェント同士が相互連携し、より優れた(複雑な)パフォーマンスを生み出すAIの「オーケストレーション(仕組み)」が求められる。
こうしてOpenAI、Google、Anthropicなどの「AI作業トークン」を担う企業が全産業を揺さぶり動かしている。
コンサルやマーケティング・広告エージェンシーの事業では、“AI単体”への投資よりも、それらを接続させる通貨となる「AIトークン」の消費確保のために「先買い」が始まっている。この動きは、テレビ広告のアップフロント取引(先買い切り:プリンシパル購買)のAI版と置き換えられる。WPP、Omnicom、PublicisといったホールディングカンパニーがAnthropicやGoogleとAIトークンの「バルク買い」「エンタープライズ割引の交渉」「トークンの貯蔵庫」に注力し始めたのは、旧来の経済活動テクニックだ。
これらのAIトークンへの買い付けコストをクライアント企業に対し、「自社で吸収する(自腹負担)」か、「転嫁する(クライアントに伝票課金)」か、「グロス取引(含みコストで裁定する)」か、事業モデルの答えはまだ見えない。英WPPはプリンシパル取引(まずは買い切り)が「クライアントにとってより魅力的な製品である(に戻る)」と主張している。
かつてのデータ至上主義と同様、「“AI”FOMO(AI化の流れに取り残されるな)」に影響された未来負債への転嫁にならぬよう、AI基盤での新ビジネスモデルを考えたい。
