SHOEISHA iD

※旧SEメンバーシップ会員の方は、同じ登録情報(メールアドレス&パスワード)でログインいただけます

MarkeZine Day(マーケジンデイ)は、マーケティング専門メディア「MarkeZine」が主催するイベントです。 「マーケティングの今を網羅する」をコンセプトに、拡張・複雑化している広告・マーケティング領域の最新情報を効率的にキャッチできる場所として企画・運営しています。

直近開催のイベントはこちら!

MarkeZine Day 2025 Autumn

ビジネスマンのための必読オンラインマーケティング塾

第4回 ロングテールを誤解していませんか?


内外の垣根を取り払うことでベキ分布を活用したAmazon

 そう考えると、Amazonのように膨大な商品数からなるページをデータベース連動で生成しているWebサイトであれば、ページ単位でのページビューや閲覧時間もベキ分布を示すかもしれません。実際、Amazonの場合、商品の売上はロングテールを示しているといわれていますのでページビューや閲覧時間がベキ分布になっていても不思議はありません。

 しかし、一般的な企業サイトであれば、ページ数には限りがあります。 1つにはWebページを更新、追加するコストの問題もあるでしょう。しかし、それはCMSなどのツールを導入することで解決します。ブログが情報更新の容易さにより、HTMLがわからない素人でも頻繁に情報発信をすることを可能にしていることを思えば、その発展形としてCMSの導入を検討することもよいのではないかと思います。

 先日、ドイツに海外のCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)利用についての動向を調べに行った同僚に聞いた話によれば、ヨーロッパではほとんどの企業が企業サイトの基盤としてCMSを利用しているそうです。逆に「どうして日本はCMSを使わないんだ。制作コストがそんなに安いのか?」と、日本の企業サイトでCMS利用がそれほど一般化していないことを不思議に思われたようです。

 実際、CMSを利用することには大きな利点があります。Webサイトの更新作業効率を高め、情報発信速度を上げることで、検索キーワードやページビューなど、Webサイト全体の数字を底上げすることは可能ですし、定期的なコミュニケーションはユーザーとの関係性を深めることにもつながるでしょう。CMSを基盤にしてWebサイトの情報発信効率を高めるための改善は今すぐにでも実施をおすすめします。

 以前は高価なCMSツールしか市場に存在していませんでしたが、現在は機能面でも信頼性の面でも高価なツールに見劣りしない、オープンソース系のCMSツールが数多く利用可能ですので、この機会に導入検討を行ってみてはいかがかと思います。ただし、それでも企業内部から発信する情報だけでは情報の在庫数に限度があります。

 ここで在庫コストの面で優位性のあるAmazonが最初にロングテールで注目されたことを思い出しましょう。ただし、Amazonといえども単に商品在庫数を増やしただけでは、こうもうまくはいかなかったはずです。Amazonが行ったのは商品在庫を増やしただけではなく、アフィリエイトという仕組みをうまく活用することでユーザーがブログなどを通じて発信する書評、レビューなどの情報も、商品の購買へとつながるものとして活用できる流れをつくったことでしょう。

 これによって商品ページへといたるユーザー導線も、サイト内ナビゲーション、サイト内検索、外部検索エンジンからの流入に加え、無数のアフィリエイトによるリンクが加わり、ベキ分布の広い裾野が広がるのを阻むサイトの垣根も取り払われる形になったわけです。

ベキ分布の世界におけるマーケティング・コミュニケーション

 ロングテールの誤解についてもう1つの点。それはロングテールがインターネット特有のものであるというものです。あるいはインターネットであればロングテールが可能だという誤解でしょうか。しかし、ここまで見てきたようにロングテールの前提となるベキ分布は必ずしもインターネット固有のものではありませんし、インターネットであれば必ずロングテールになるというわけでもありません。

 特に個別のWebサイト単位で見た場合は、ヘッドやテールの部分がベキ分布に従わない(広い裾野をもたない)ことは少なくありません。先に紹介した『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』の中でバラバシは、Web全体のリンク数の度数分布がベキ分布になることを示していますが、これもサイト単位でみると階層構造化された情報構造、リンク構造の影響を受け、ベキ分布よりははるかに偏りの少ないリンク数の分布になることが調査してみてわかりました。

 Amazonの事例などを考えると、在庫の問題は単に物理的なものであるだけでなく、情報的なものでもあるようです。物理的制約や情報の量的制約によってロングテールのテール部分が切り落とされたりすると、一見、バラつきの少ない正規分布が存在しているように感じられることもあるのでしょう。

 従来のマスマーケティングでは、どちらかといえば平均値の存在を仮定することが可能な正規分布を想定して、単一あるいは限定されたメッセージを伝える手法が採用されてきました。先に紹介したイノベーター理論も同じ考え方に基づくものでしょう。しかし、実際、世の中にはいたるところにベキ分布が見受けられます。ベキ分布の裾野の広さを考えると、ある程度、均一なターゲット層を想定して限定されたメッセージを発信する従来の手法は、必ずしも適切なコミュニケーション手法ではないのかもしれません。

 平均値や標準偏差といえば、学校の成績評価で用いる偏差値がすぐに思い浮かびますが、経済物理学を研究している高安秀樹さんは著書『経済物理学の発見』の中で「人間の能力の分布もベキ分布に近いものだろう」と述べた上で、「もし、数値化した能力の分布がベキ分布にしたがうのなら偏差値で評価すること自体が意味のないことになるのです」としています。また、もともと物理学者であり、フラクタルの研究を行っていたこともある高安さんは「ベキ分布にしたがうような現象にはフラクタル性があります」と書いており、実際、Webサイトのアクセスログを分析しても、全体の8割を占める上位20%の中をさらに調べても、やはりそのうちの上位20%(全体の4%)がやはり8割を占めるという入れ子状の傾向をみせることがあります(下のグラフを参照)。

 また、Guardian Unlimited TechnologyのWhat is the 1% rule?、Elatable | Bradley HorowitzのCreators, Synthesizers, and Consumers という記事で紹介されている、SNSやメーリングリスト、フォーラムなどのコミュニティで積極的に発言を行う人は全体の1%、既にあるコミュニティ内でトピックを立ち上げたりコメントを書いたりする人は全体の10%ほどであるという報告なども、セグメント化された集団が実は均一ではなく、少数のものが多くを占めるベキ分布にしたがうような偏りがみられることをもの語っているのではないでしょうか。

 もちろん、企業内で不良品の発生率を管理するようなシックスシグマのような試みであれば、今後も正規分布を前提とした考え方は有効でしょう。しかし、選択可能な商品も、情報も無数に存在している現在の市場環境においては、闇雲に従来のイノベーター理論やセグメンテーション~ターゲティングの考え方を採用するのは危険かもしれません。それが完全に役に立たなくなるという意味ではなく、以前より落とし穴が大きくなっているという意味ではありますが。

 ベキ乗に広がる裾野をもつ市場と有益なコミュニケーションを行おうとすれば、これまでのように単一あるいは限られたメッセージを広範囲に繰り返し発信するやり方だけでは不十分です。CMSを利用してWebサイトでの情報発信の速度をアップし、情報の蓄積によって検索エンジン経由のアクセス機会を増やし、かつ継続的なコミュニケーションによりユーザーとの関係性を強化することが必要です。さらには従業員によるブログ・コミュニケーションを積極的に推進して、ユーザーを巻き込むような形で会話の輪が広がっていくような形も平行して実施することも必要ではないかと思います。

 このような従業員によるブログなどを通じたコミュニケーションの手法を、CGM(Consumer Generated Media)になぞらえてEGM(Employee Generated Media)と呼んでみたいと思います。EGMとCGMのあいだで交わされるコミュニケーションがこれからのマーケティングの1つの形となり、ベキ分布の世界で企業が市場へのリーチを伸ばす原動力になるのではないかと思います。ロングテールの長い尻尾を可能にするリソースは、境界線で管理された範囲の内にあるのではなく、無限に近い可能性をもつ人々 -一般の人々や従業員- の思いの中に、そして、その組み合わせから生まれる関係性の中にこそあるのですから。

この記事は参考になりましたか?

  • Facebook
  • X
  • Pocket
  • note
ビジネスマンのための必読オンラインマーケティング塾連載記事一覧

もっと読む

この記事の著者

棚橋 弘季(タナハシ ヒロキ)

芝浦工業大学工学部(建築学専攻)卒。マーケティング・リサーチ、Web開発等の仕事を経て2003年より株式会社ミツエーリンクスに。現在はWebを使ったマーケティングに関する企画や自社サービスの開発に従事。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

この記事は参考になりましたか?

この記事をシェア

MarkeZine(マーケジン)
2006/09/01 16:20 https://markezine.jp/article/detail/111

Special Contents

PR

Job Board

PR

おすすめ

イベント

新規会員登録無料のご案内

  • ・全ての過去記事が閲覧できます
  • ・会員限定メルマガを受信できます

メールバックナンバー

アクセスランキング

アクセスランキング