誤解1:ペルソナは架空のユーザー像ではない
こうした利点をもったペルソナ/シナリオ法は、実際にソフトウェアの開発、Webサイトのデザインの際に用いられます。しかし、そうしたケースの中ではペルソナ/シナリオ法を間違った形で利用していることもあるようです。
1つには、ペルソナを架空のユーザー像と考えてしまうケースです。ペルソナ/シナリオ法で用いるユーザー像は、実際のユーザー調査データからモデル化した仮想のユーザー像であり、デザインチームの想像だけでつくられた架空のユーザー像ではありません。調査データに基づかない架空のユーザー像が役に立たないのは、デザインを行う側と一般の人では製品やWebサイトの使い方そのものが大きく異なる場合が多いからです。
例えば、プロトタイプを使ってユーザビリティ・テストを実施する際、同じデザインに対して同じタスクを与えても、仕事でWebデザインに関わっている被験者でテストをする場合とそれ以外の一般のユーザーでテストする場合では、2つのグループの被験者がまったく違った利用の仕方をすることがよくあります。実際にデザインした人とは別のデザイナーだったり、極端な場合、営業マンにテストしてもらっても、やはり一般の人とは違う使い方をするのです。そのためデザインチームがユーザー調査もせずに思い描いた架空のペルソナでは一般のユーザーの利用実態を反映したものにはならないのです。
ペルソナは、実際のユーザーが普段いつどんな環境でどうやって製品/Webサイトに触れているか、また、その経験をどんな風に感じているのかをモデル化するものです。実際のユーザー経験を把握した上で、製品やWebサイトのどこをどう変更すれば、ユーザー経験をよりよいものに変えられるかを知るための手法がペルソナ/シナリオ法です。
誤解2:ペルソナはターゲットを限定しすぎる
もう1つ誤解されがちなのは、ペルソナを用いるとターゲットが絞られすぎてしまい、自分たちがターゲットしているより幅広い層のユーザーを捉えきれなくなるのではないかという点です。ターゲットを絞ることと利用してくれる人の数を絞ることを混同してしまっているがゆえの誤解でしょう。ターゲットを絞るというのは、ユーザーが一番求めているものにフォーカスすることで、製品やWebサイトのポジショニングを明確にするということです。それは必ずしも利用者の数を減らすことにはつながらず、逆にポジショニングが明確になることで利用者の数を増やす場合が多いでしょう。
似たような誤解に、アメリカなどの他民族の国であればペルソナを用いることが有効なのも理解できるが、日本のように他民族社会ではない国ではわざわざペルソナをつくる必要などないというものもあります。もし、こうした指摘が真実なら、日本ではいまでもT型フォードのような画一的な製品が売れ続けているはずです。しかし、実際には市場では差別化こそが競争優位性の核となっています。
よく差別化とパーソナライズやカスタマイズを混同して考える方がいらっしゃいますが、パーソナライズやカスタマイズは必ずしも差別化にはつながりません。人の数だけニーズはあるかもしれませんが、それを実現する具体的なデザインは必ずしも人の数だけあるわけではなく、むしろ人の数だけデザインがあってもその違いを区別することはできないでしょう。区別できないものは差別化にはつながりません。差別化はむしろ個々人のニーズにそれぞれ対応することではなく、個々人のニーズに共通したパターンを見出し、その共通のニーズに対する解決策を提供することによって生まれます。
ペルソナを作成する理由は、いわゆるデモグラフィックデータ(性別や年齢、年収、居住地、家族構成など)では捉えることのできない、ターゲット層に共通したインサイトを明らかにする点にあります。ターゲット層が共通に抱くゴールは何か、そのゴールにいたる旅の道程においてターゲット層が重視するものはどういった価値なのか。そうした点を明らかにしてくれるのがペルソナの利点です。
逆に言えば、ユーザーのゴール、ユーザーのもつ価値観を理解せずに、どうやってユーザーが価値を感じるモノをデザインし、それを利用してもらえるようにすることが可能になるのでしょうか? ペルソナは単にターゲットの数を限定するのではなく、ターゲットの求める価値を明確に絞り込むことで製品やWebサイトの利用価値を広げてくれるのです。