ステップ5. ペルソナが目標を達成する物語をタスクごとにシナリオとして描く
次は、ペルソナが実際に製品やWebサイトを利用する際のタスクごとにユーザー行動シナリオを描く段階です。つまりは、このユーザー行動シナリオによって、どんな人が、どんな場所/シーンで、どんな使い方をするのかを明示し、デザインに課せられた要求を明確にしていくのです。前回も書きましたが、このシナリオは文章だけである必要はなく、イラストを交えたり、場合によってはシミュレーション映像を作成してみたりするのもよいかと思います。
ユーザー行動シナリオもペルソナ基本文書同様に、ユーザーセグメントごとにクラスター化した行動属性を元に作成します。しかし、シナリオの場合は、調査に基づく行動そのものを単に並べるだけではなく、調査で得られた行動をどう変化させれば、ユーザーの経験はより豊かなものになるかということを考えながら描くのです。ペルソナ/シナリオ法が単にユーザビリティの向上だけでなく、より価値のあるユーザーエクスペリエンスをデザインするためのツールとして有効なのはまさにそのためです。私たちはペルソナを用いたユーザー行動シナリオを描くことで、製品やWebサイトを利用するユーザーの経験を疑似体験するのです。製品やWebサイトを利用するユーザー経験がより豊かなものになるよう、何度も何度もシナリオを描きなおすことで、私たちはまさにユーザー経験そのものをデザインすることができるのです。

ステップ6. 作成したペルソナ/シナリオを元に機能要件や情緒的要件を抽出する
必要なすべてのシーンのユーザー行動シナリオが描けたら、あとはそこからデザインに課せられた機能要件や情緒的要件を抽出する段階に入ります。作成したペルソナ基本文書やユーザー行動シナリオを元に、ユーザー要件定義書を作成します。
しかし、この段階はあくまで補足的なものです。よくできたシナリオであれば、そこから直接でもデザインやワーキングプロトタイプをつくることができます。ユーザーのコンテキストを失わずにデザイン作業による視覚化、具象化を行おうと考えるのであれば、ペルソナ基本文書とユーザー行動シナリオから直接デザインしたほうがよいと思います。ユーザー要件定義書を作成するのは、あくまで開発に携わるチームが非常に大人数の場合や、開発を行う上で要件定義書などのドキュメントの作成が厳格に義務付けられている場合などと考えてよいと思います。
体験しながらデザインする
先にも書きましたが、ユーザー行動シナリオを描く作業は、ペルソナという特定のユーザーの体験を経験しながらデザインする作業にほかなりません。これはまさにユーザーの視点からものを見る見方でデザインするアプローチです。
これまでのものづくりの手法がどちらかといえば「ものを通じてユーザーを見る」アプローチだったとすると、ユーザーの行動や経験にフォーカスするペルソナ/シナリオ法によるアプローチはまったく正反対のものです。「この機能をユーザーは使うか?」ではなく、「このユーザーの行動をよりユーザーにとって快適で価値のある経験に変えるためにはどんな機能が必要か?」という思考を、デザインチームみんなで考えることができるようにする手法がペルソナ/シナリオ法です。
ユーザー体験をペルソナ/シナリオの作成により疑似的に経験しながらデザインを進めていくことで、既存の製品やWebサイトの改善だけでなく、既存のデザインに縛られない新しい発想も生まれてきます。はじめに書いた「デザイン思考」が組織の創造性を高め、イノベーションを生み出す経営戦略として有効なのは、まさに行動観察やシナリオ法を用いて進めるデザイン・アプローチが、常にチームをユーザーの経験にフォーカスさせ、共同作業を通じた経験の共有により創造性の発揮につながる創発を誘発する可能性を秘めているからなのでしょう。組織のクリエイティビティが問われるいま、こうした「デザイン思考」のスキルをいかに組織に根付かせるかは重要な経営課題なのではないかと思います。