コミュニケーションとECの場「ネスレアミューズ」
MZ:ネスレといえば、日本でも多くの人が子供のころから身近に接しているブランドを数多く展開されています。デジタル施策にも早くから注力されているとのことで、今回はブランディングにおける考え方や現状の成果をうかがいます。まず、今の主な展開を教えていただけますか?
出牛:当社のデジタル施策の中心になっているのは、2010年に立ち上げた「ネスレアミューズ」というオウンドメディアです。各ブランドサイトやキャンペーンサイト、エンターテインメントコンテンツなどがあり、同じ年にスタートさせたネスレ通販オンラインショップも、柱になっています。コミュニケーションとECの両方の要素を併せ持ったプラットフォームと位置づけて運営しています。
会員登録をすれば、サイト内で使えるコインやショッピングポイントを貯めたり使ったりできます。これをフックに、コンテンツ間の回遊や長い滞在を促しています。
MZ:2010年ということは、もう7年目なんですね。現在の規模はどの程度ですか?
出牛:2017年1月末時点で会員は500万人を超えました。当社では個別ページのPVではなく、訪問してから離脱するまでのセッション数を指標のひとつにしていますが、これも年間で約7,000万セッションとなっています。この数年は、やはりユーザーの動向を受けてスマホシフトに力を入れており、現状では50%以上の人がスマホからアクセスしています。ファーストデバイスになったといえますね。
継続的に接点を持てる場、かつECへ誘引する場
MZ:当時は、どういった課題があったのでしょうか?
出牛:2010年ごろは、コミュニケーションの手段がオフラインからオンラインに変わりつつある時期でした。まだPCブラウザが中心でしたが、この先モバイルが主流になる兆しはありましたし、変化の速度は増していくだろうと。そのスピードに後れを取らず、むしろ少し早いタイミングで変化を取り入れて、生活者にフィットしたコミュニケーションプラットフォームになっていくことが課題でした。
それに、新しいデバイスや手法が出てきても、少し経たないと残るかどうかわからなかったりもします。なので、生活者に定着したものを残しながら、継続的なコミュニケーションを図れる場、かつ同時期に開始したECサイトへ来ていただくのに間口が広がる場が必要だと考えました。
MZ:確かに、その後デバイスもコンタクトポイントもどんどん拡大しましたし、変化の速度はますます速くなっていますね。
出牛:ええ。なので、自社プラットフォームだけで生活者の動きを捉えるのは難しいとも思っています。たとえばYouTubeにも動画コンテンツを置き、観られる機会を増やしてそこから誘引するのも大事な導線のひとつです。SNSも活用していますし、スマホシフトの一環で、Webアプリも用意しています。
オンラインの存在感が増していても、もちろんテレビをはじめとするマスメディアが重要な役割を果たすコミュニケーションもあるので、デジタルに留まらず、目的やKPIによって手段を選ぶことが重要だと思っています。
スマホシフトを受けて動画コンテンツが人気
MZ:ちなみに、各ブランドサイトもネスレアミューズに収められていますが、出牛さんが所属するデジタルマーケティング部はどこまで担当されているのですか?
出牛:我々の部は、ネスレアミューズの企画運営がミッションのひとつで、KPIとしてセッション数と会員数、いかにアクティブかを見る継続率を追いかけています。
ただ、当社は事業部制なので、各ブランドサイトはそれぞれの事業部が管理しています。ネスレアミューズのコンテンツの中でブランドに関わる部分は、我々が主導したりサポートしたりして、一緒に企画運営を行います。
MZ:特に最近で反響が大きいコンテンツは、どういったものですか?
出牛:業種との親和性では、弊社の製品を使ったレシピも根強い人気がありますが、近年のスマホシフトとも関連して視聴数が伸びているのは、ショートフィルム作品を集めた「ネスレシアター」です。累計視聴数は3,300万に上っています。
MZ:やはり、スマホでの動画視聴は一般化しているんですね。
出牛:ええ。そういう傾向が高まっています。冒頭でお話しいただいたように、当社のブランドは広く認知されているので、我々としてはテレビCMで認知を獲得するだけではない、ブランドの世界観を伝えて深く共感してもらえるコミュニケーションが必要だと考えていました。そのために、ショートフィルムは非常に重要だと位置づけているんです。
ブランドの世界観を伝えられるショートフィルム
MZ:ネスレシアターでは現在、どんな作品を配信しているんですか?
出牛:大きく分けて2種類あり、一つは提携先の作品です。たとえば、俳優の別所哲也さんが長く運営されている「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア」という米国アカデミー賞公認、日本発・アジア最大級の国際短編映画祭と提携して、今年は20作品以上の公開を予定しています。
もう一つは2013年、当社の100周年記念をきっかけに新しいコミュニケーションモデルとして始めた、オリジナル制作の作品です。ストーリーとブランドメッセージをリンクさせたり、劇中でブランドのプレイスメントをしたりしています。直近だと、本広克行総監督の『踊る大空港、(略)』や映画『古都』とコラボしたスピンオフ作品『matcha!!!』などがあります。
MZ:そういった作品を多く方に見てもらうために、意識していることはありますか。
出牛:動画の接触機会を増やすことですね。ネスレアミューズのTwitterアカウントで紹介したり、YouTubeの「ネスレ日本公式チャンネル」やWebアプリなどに展開したりしています。最近では、antenna*にネスレシアターに関する記事コンテンツを出稿しました。
MZ:なぜ、antenna*に出稿したのですか。
出牛:通常、コーヒーやチョコレートは秋冬がシーズンですが、特に2016年秋から冬にかけては公開作品が多かったんです。なので、通常よりも動画との接点を多くしたいと考え、antenna*さんにタイアップを出稿しました。
MZ:具体的に、どのような形で出稿されたのでしょうか。
出牛:これまでも単発の取り組みはあったのですが、今回はタイムスポンサーとして毎週火曜の18時から24時まで、3ヵ月間を通してネスレシアターの新しいコンテンツを紹介する記事を配信しました。週ごとに取り上げる作品を決めて、社内でも複数のチームと話をして進めました。
日時を指定したアプローチを仕掛ける理由
MZ:Webなのに、日時を指定したアプローチを選んだのはどうしてですか?
出牛:ネスレアミューズで通期のコンテンツを配信していると、公開初日や配信当日のタイミングで習慣的に訪問される方もいます。そうすると当然、つながりが深くなりますよね。ある共通のテーマで、継続して来られる方とコンタクトを図れるのは貴重だと感じていたので、習慣的に訪れるユーザーが多いantenna*さんでタイミングを決めてアプローチするのは効果的だと考えました。
MZ:平日夜だと、帰宅する電車や自宅でのリラックスした時間に見られますよね。
出牛:ええ。動画全体として、昼休みや夜の時間帯のアクセスが多いです。もちろん、antenna*さんを選んだのはスマホシフトをさらに強化したい意図もありました。
今回は初めての取り組みだったので、「くつろぎ」や「リラックス」といった共感されやすいテーマを週ごとに設定してみました。紹介の仕方も動画だったり静止画だったり、またネスレシアターにナビゲートするのが良いのか、antenna*さんのページ内で見せて完結したほうが良いのかなど、複数のパターンを試してみました。
MZ:では、具体的な効果をうかがえますか?
出牛:まだ検証の途中ですが、まず動画の視聴時間は想定よりも長かったですね。antenna*さんの特長として、宣伝色を強くしないタイアップでも滞在時間が長いと聞いていたので、それが動画コンテンツでも表れたのだと思います。
ユーザーが受け取りたい言葉で情報を届ける
MZ:視聴時間が長いということは、元々のショートフィルムの目的であるブランドの世界観を伝えるという部分にも手応えがあったのでしょうか?
出牛:そうですね、リーチできた方のブランド理解にはある程度寄与したと思います。毎週のテーマ設定と紹介する作品がマッチしていたか、紹介の仕方が適していたかという部分は、「クリック数」「総視聴時間」などを指標に、分析している最中です。
MZ:出稿してみて得られた知見などはありますか?
出牛:やはり伝える側の我々のプッシュ感が強いと、成果に反映されづらい印象はありましたね。クリック数や総視聴時間が伸びたものは、こちらの発する言葉と、ユーザーの受け取りたい言葉がうまくマッチングしていたんだと思います。例えば涙活など、ユーザーと親和性が高い言葉で情報やデータを届けることが大事なのだと、改めて勉強になりました。
また、antenna* Marketing Dataを通じて、一連の弊社の広告接触者が普段antenna*さんではどういったメディアを閲覧しているのかといったことが明らかになりました。今後の投資の効率化において役立つデータとなっています。
MZ:それは、詳細な効果検証が楽しみですね。では今後の展望をお聞かせいただけますか?
出牛:ネスレアミューズのトラフィックや会員数の拡大が大きな目標ですが、これだけオンラインの接点が多様になる中では、成功体験に固執しすぎない姿勢や、新しいことへのトライも重要だと思います。最近「分散型メディア」というキーワードが聞かれるように、ネスレアミューズの内容を充実させながら、デジタルのコンタクトポイント全体でどう接点を持つかを考えていきたいですね。
オウンドメディアへの来訪を待っているだけでは、生活者にとってどんどん深い階層に潜んでしまうだけなので、複数のプラットフォームでの展開・活動も積極的に行っていければと思います。