2月23日(木)に開催したこのイベントは、同月10日(金)に刊行した『MarkeZine マーケティング最前線2017』の出版を記念して行ったもの。東京渋谷の道玄坂にあるBOOK LAB TOKYOにて開催した。
当日は会場がほぼ満席になり、皆さんともに今回のテーマ「ミレニアル、ここだけの話」に関心があったようだ。マーケター、広告主にとっても、「次の顧客」を開拓するうえで課題を感じている領域ではないだろうか。
スペシャルゲストの菅野圭介さんは、Google Japanに入社し、買収後のAdMobでモバイル広告事業、さらにYouTubeで動画広告事業に携わり、2014年にファイブを設立。同社ではモバイル向けの動画広告・コンテンツを配信するプラットフォームを提供しており、特にミレニアル世代と呼ばれる若年層をターゲットにしたメディア、サービスとの仕事が多いという。
そのような背景を持つ菅野さんに、MarkeZine編集部から編集長の押久保と、定期誌『MarkeZine』の編集者でマンガ記事も担当している市川明徳が、ミレニアル世代に人気のアプリや彼らとの向き合い方について尋ねた。
そもそもミレニアル世代とは?
最初の質問は、やはり言葉の定義から。そもそもミレニアル世代とはどういう人たちを指すのだろうか。菅野さんによれば、この言葉が生まれたアメリカと日本では状況が違い、双方の文脈をきちんと理解しておく必要があるという。
アメリカでは、ミレニアル世代はおおよそ10代から30代前半の若年層を指す。人口にして9000万人以上、アメリカ全体の3割強を占める。人口は多いが、それぞれのルーツや背景は非常に多様だ。ソーシャルメディアを当たり前に利用していて、従来の一方向的なコミュニケーションが通用しづらい。
要するに、これからの消費を担う巨大な層のわりには属性が細分化されていて捉えづらく、広告主がターゲットにするのが難しい。そのため、「ミレニアル世代」と世代で区切ったカテゴリングしているのだ。
一方、日本ではこの議論は当てはまらない。ミレニアル世代と言われる人口は約2600万人、全体の2割ほど。しかも少子高齢化のため、今後は減少していく。代々生まれも育ちも日本、という人たちで占められるため、多様性は小さい。
日本でミレニアル世代と言うときは、デジタルネイティブやスマホネイティブといった言葉と同義で使われることが多い。いわば、30代以上には見えにくくエイリアンのようにさえ思える、「若者カルチャー」の中にいる人たちだ。
本イベントでは日本のミレニアル世代を理解することが主題である。彼らはどんなマインドを持っているのだろうか。メディアへの接触はスマホ中心だが、テレビやラジオを好んでもいる。若者だからテレビを観ない、といった言説はステレオタイプだと菅野さんは言う。
また、彼らの多くはまだ仕事をしていないので、満足感や承認欲求を得る機会が少ない。そのため、それらを満たしてくれるサービスが人気になりやすい傾向があるという。
生まれてから景気がよくなったことがなく、ゆとり世代などと揶揄されることの多い世代でもある。だが、彼らが何かを流行させるときの爆発力はすさまじく、メディアにとって格好のネタになることもしばしばだ。
広告主、企業にとって、彼らとどうコミュニケーションしていくか。次の顧客とどう関係を作っていくかが重要なのは明白だ。菅野さんは、たとえすべてを理解できなくても、理解する姿勢を示すことが大切だと語った。
どんなアプリがなぜ人気?
MarkeZine読者にとっても、ミレニアル世代はおそらくエイリアンのように映るだろう。定期誌『MarkeZine』でも第9号(2016年9月号)で「ミレニアル世代のリアル」という特集を組んだ。だが、肌感覚がない方にとっていくら頭で理解しても、なぜそのアプリが人気なのか直感できないし、今どんなアプリが人気なのかは想像もできない。
そこで、菅野さんにミレニアル世代に人気のアプリ(サービス)を教えてもらった。4、5年前まではゲームがほとんどだったそうだが、この数年でソーシャルプラットフォームの利用が日常的になってきたという。
TwitterやLINEは誰でも使っているものとしてインフラ的な位置づけにあり、広告主としても既にマーケティングには外せない選択肢として理解されている。今回はそうしたアプリではなく、特化型のアプリに注目。どれも数十万から数百万のダウンロードを記録している。
MixChannelで作ったり踊ったり
MixChannelは550万ダウンロードを達成した動画アプリ。スマホで撮影・編集し、共有できるのが特徴だ。動画にはLikeやコメントをつけられる。Silent Sirenの『女子校戦争』をベースに自分たちで踊ったり、スマホのアルバムにある写真でMVを作ったりするなど、創作活動(CGM)が盛んだそうだ。女子高生の2人に1人が利用しているといい、無数の創作動画の中には制作期間2ヵ月の大作も。
「LOVE」カテゴリーではカップルによるキス動画が一大ムーブメントになったこともある。今は2人の思い出アルバムを共有するのが流行しているそうで、ユーザーにはネット上、すなわち全世界に公開されているという感覚があまりない様子がうかがえる、と菅野さん。
nanaを使って見ず知らずの人とセッション!
nanaは最近DMMグループに買収された、スマホで歌や演奏をレコーディングして共有できるアプリ。開発者の文原明臣さんが2010年のハイチ地震の際に世界中の人々がYouTubeで『We Are The World』を歌ったことに感銘を受けて作り上げたものだそうだ。
アプリ上で見ず知らずの人とコラボ、セッションもでき、スマホ1台で音楽を通して世界とつながれるのがnanaのおもしろさ。MixChannelもそうだが、かつてニコニコ動画で「踊ってみた」「歌ってみた」というカテゴリーが盛り上がったのと似た雰囲気を感じる。両アプリの場合、そのカテゴリーがスマホアプリに最適化され、敷居が下がった形で提供されているのだ。
図書館のようなStudyplus
エンタメ系のアプリだけが人気なわけではない。Studyplusは自分がどんなことをどれくらい勉強したか記録できるアプリだ。同じ志望校の人とつながれるだけでなく、同じ参考書を使っている人とつながり、どこまで勉強したか共有できるのが大きな特徴。
「まるで図書館のようだ」と菅野さんは言う。
役立つHow toに特化したC CHANNEL
20代の女性に支持されているC CHANNELは、ヘアスタイル、メイク、ファッション、料理などのトレンドを届ける動画ファッションマガジン。日本で縦動画が注目されるきっかけになったことで知った方も多いかもしれない。C CHANNELの動画はLINEなどいろいろなメディアに配信され、それを見たユーザーがC CHANNELを利用する、といった生態系を作っている。
動画は視聴に時間がかかるので、おもしろくないとすぐ閉じられてしまう。しかし、How toに特化することでコンテンツの価値をわかりやすく示すことができ、さらにファッション関連のHow toは動画で観たほうが理解しやすい。今とても伸びているサービスだという。
盛り上がるアプリ、三つの条件
ここで編集部から菅野さんに、最近上場申請したSnapchatはどうなのかという話題を振った。
菅野さんいわく、「これからどう戦うのか注目している」とのこと。その理由として、Snapchatのターゲットとなる日本の人たちが、snowやB612を利用しているためだ。TwitterやFacebookのようにアメリカから数年遅れて盛り上がる可能性もあるため、今後の動向が楽しみだ。
では、アプリ(サービス)が盛り上がる条件とは何なのだろうか。菅野さんから、三つのポイントが挙げられた。「COMMUNICATION」「UTILITY」「UNIVERSAL INSIGHT」である。
盛り上がるアプリには、なによりコミュニティが必要だという。たとえば、成長しているサービスの傾向として、コミュニケーションを喚起する点がある。ユーザーが自分の居場所として思えること。自分だけで完結せず、誰かと共有すること。反応したり、反応されたりすること。
しかし、それだけでは足りない。ユーティリティ、つまり機能の提供も欠かせない。MixChannelなら動画撮影と編集、nanaならレコーディング。そうした機能が、コミュニティを成立させるために利用されるのだ。コミュニケーションとユーティリティがセットになっていると、ミレニアル世代に人気が出やすいと菅野さんは分析する。
ただ、これまで紹介してもらったアプリは、まったく新しいことを提供しているのではないことを意識してほしい。MixChannelのキス動画はちゅープリの延長であり、Studyplusも勉強方法自体に新しさをもたらしているわけではない。ニーズはかつてと同じまま、ツールだけが置き換わり、スマホで後押しされているのだ。これがユニバーサルインサイトである。
前略プロフやmixiの全盛期と変わらず、コミュニティベースのサービスが成長しているのは見逃せない点だろう。
広告主はどう対応すればいいのか
さて、こうしたアプリを広告主はどのように活用できるのか。広告主の知らないサービスが増えているが、そこに出稿しないと若年層向けの商品・サービスは認知されない。このジレンマをどうすればいいのか、と編集部が質問した。
菅野さんは、若年層にリーチしたいときにテレビは効率がよくない、と広告主も気づいていると言う。そして、LINEやTwitter、YouTubeは活用が進んでおり、その他のアプリも存在が認識され、議論の題材となっているそうだ。
ただし、メディアの活用とコンテンツの制作は分けて考えないといけない。広告の企画が先走り、あとからどのメディアを利用するか検討する場合は成功させるのは難しい。アプリ、そしてコミュニティには独自のモチベーションがあるため、それを前提に企業が伝えたいメッセージをうまくつなげる必要があるとのことだ。
では、どうすればアプリユーザーに受ける企画を広告主が作れるのか。菅野さんによれば、二つのやり方がある。
一つは、マスとソーシャルをまたいでプランニングできるクリエイターを見つけること。MixChannelのようなアプリを、ターゲット外の人が普段から利用するのはとても難しい。であれば、各アプリのコミュニティや文脈を理解・把握している人に任せるべきだろう。
もしくは、外部で見つからなければ、社内で日常的にそのアプリを利用している人の意見を聞くこと。誰でも、理解できないことを判断することはできない。使い慣れている社員がいいと言ったら、それで進めていけばいいという。そういう企業はトレンドのキャッチアップに敏感だそうだ。
もちろん、まったく利用したことがないよりも、少し触ったことのあるほうがいいのは間違いない。アプリ、コミュニティを理解するまで続けられないのであれば、詳しい人に任せようと菅野さんはきっぱり言いきった。
ソーシャル中心の芸能界2.0に注目
最後に、編集部から菅野さんが注目していることについて訊いてみたところ、「芸能界2.0」という言葉が飛び出した。
従来の人気者や人気コンテンツは制作も流通もテレビが中心だった。それらを抱える事務所があり、代理店がキャスティングを行うというトライアングルだ。この構造はテレビの存在とともに残り続けるだろうとのこと。
その一方で、今は特定のアプリやサービス発の人気者が登場している。大手事務所のタレントではなく、インフルエンサーと呼ばれる人たちだ。インフルエンサーを束ねる企業も生まれてきた。さらに、インフルエンサーはユーザーと直接つながっている。
コンテンツが流通する場所、人気者になる人、束ねる企業の変化。この新しいトライアングルが、ユーザーやファンとダイレクトにコミュニケーションする。これを、菅野さんは芸能界2.0と呼ぶ。芸能界2.0を駆動するパワーを持っているのがミレニアル世代だということだろう。
以上をもって、本イベントは締めくくられた。ミレニアル世代についてはもちろん、マーケティングの今を把握し未来を想像しなければならないと感じられた方は、ぜひ『MarkeZine マーケティング最前線2017』を、毎月定期的に情報を得たい方は定期誌『MarkeZine』をチェックしてもらえれば幸いである。