ユーザーの実感を根拠とした提案が、経営陣を動かす
――長谷川さんから「旧バージョンのアプリには、グラフィックデザインの観点を用いた」というお話があったように、アプリのデザインには、視覚的なクオリティの高さも欠かせないはずです。「人に優しいデザイン」と「視覚的にかっこいいデザイン」の両立も、一つの課題だったのではないでしょうか?
五十嵐:そこに関しては、既に旧バージョンのグラフィックに慣れ親しんでいるユーザーさんもいるため、「ガラッとは変えずに」という方針で進めていました。以前のグラフィックを生かしつつ、操作性のわかりやすさを向上させるというスタンスです。こうしてリニューアルを経た今の実感としては、情報設計を始めとした構造的な部分をしっかり見直せば、表層のデザインは変えずとも改善はできると、それが実証できたのではないかと思います。
――構造による下支えが強固であれば、わかりやすさとかっこよさは両立できる。とても励みになる実証例ですね。もう一つ、UI/UXのデザインにおいて悩ましいのが、予算の獲得です。あらゆるサービスにおいて“体験”が重要視される一方、事細かな改善に関しては「経営陣の理解が得られない」という声も少なくありません。
長谷川:弊社でもここまで細やかなリニューアルをすることに対し、賛否両論があったのも事実です。ただ、そこでD2C dotさんにご協力いただいたアンケートの解析結果や、モニターテストの結果が大きな説得材料になりました。明確な根拠を示さず「ここが悪いと思うので改善します」では、経営陣を納得させられないのも当然です。しかしユーザーの実感を根拠に改善の必要性を訴えれば、評価はまるで違います。
――今回、ユーザーの声がリニューアルとして形になりましたが、リニューアルに踏み出すための第一歩、予算を通すという段階でも、ユーザーの声が生きていたのですね。では、今回の結果を経て、今後への展望についてもお聞かせください。

長谷川:直近の大きな動きとしては、今年6月に新たなアプリのリリースが決定しています。「i-dio」は柔軟性の高い放送プラットフォームで、今回リニューアルした標準受信アプリのほかにも、放送チャンネルの制作会社単位でも、独自に視聴アプリを開発しています。
その一つが「TS ONE」というチャンネルを視聴するための専用アプリ「TS PLAY」ですが、6月には「i-dio」標準アプリと「TS PLAY」を一つのアプリに統合し、「TS PLAY by i-dio」として配信予定です。
この新アプリでは「TS ONE」から開発された独自の拡張機能を取り入れ、ユーザーが求める利便性と音質の向上を目指していきますが、常にユーザーの声に耳を傾け、その声を反映するようなチューニングは継続しなければいけません。これは今回のリニューアルを経て、あらためて実感したことです。
ただ、先にもお話ししたように、私たちのような制作側の人間は開発に熱が入るあまり、どうしても客観性を見失いがちです。「ここをこうすれば、きっと改善できるはず」とアイデアが浮かんでも、それが正解とは限りません。だからこそ、ユーザーの皆さんの声と自身の気づき、そしてUI/UXに詳しい方の知恵を合わせ、より正しく進化していきたいと考えています。