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デジタルマーケティングと呼ぶ時点で遅れている 石井龍夫氏が語る「マーケティングのデジタル化論」

なぜデジタルに取り組むべきなのか

 では、なぜマスマーケティングだけではダメで、デジタルマーケティングに取り組むべきなのか。石井氏は、デジタルの領域で破壊的イノベーションが次々と起こっているからだと話す。

 たとえば、石井氏は1994年に35万画素のデジタルカメラを約10万円で購入した。当時のフィルムカメラの性能と比べれば天と地ほどの差があった。カメラメーカーはまだまだフィルムカメラの時代が続くと考え、デジタルカメラを脅威には考えていなかった。

 しかし2012年になって、デジタルカメラの解像度は3,600万画素、あるいはそれ以上となった。解像度だけでなく、様々な便利な機能が搭載され、ネットにも接続できる。フィルムカメラの市場はほとんどなくなってしまい、そこに胡座をかいていたメーカーは倒産した。

 石井氏はここで「実は商品や技術がポイントなのではない」と切り出す。たしかに技術は向上し、革新的な商品が生まれてきた。けれど、重要なことは人々の行動が変化したことなのだ。つまり、人々がスマホで写真を撮るようになった。

 しかも、人々がやりたいのは写真撮影自体ではなく、SNSでシェアすることかもしれない。こうした行動の変化を作り出せない企業、ついていけない企業が破壊的イノベーションの波に呑まれ、消えていくのだ。

 スマホの登場により、パーソナルメディアの時代が到来したと石井氏は言う。つまり、人々は家族一緒にテレビの前に座っていたとしても、片手にはスマホを持っている。だからこそ、先に石井氏が述べたようにカスタマージャーニーマップが重要になる。

 それはパーソナライズが重要だということに等しい。石井氏はこれを新しい観点ではなく、原点回帰と呼んだ。江戸時代の魚屋を思い浮かべてほしい。魚屋は仕入れた商品を近所の人たちに売り込む。いつも同じ人たちに売りに行くから、客とは顔馴染みになり、好みも知っている。だから、その好みに合わせた魚を売るのだ。

 現代の企業では、近所の限られた人たちだけを相手にしていてはビジネスが成り立たない。もっと規模を大きくする必要があり、それを実現するためのプラットフォーム構築に、DMPのようなデジタルツールが活用できる。そして顧客を理解し、それぞれの顧客に合わせた最適な体験を提供する。

 そのために、デジタルマーケティングに取り組まなければならない。

サイロ化したデータを連結・統合し、セグメント思考へ

 社内に元々ない機能を作るには、新しい組織を作るしかない。石井氏は2003年からデジタル関連部署に携わり、様々なデジタル領域の改革を率い、2014年にデジタルマーケティングセンターを設立した。そこにデータサイエンス室、コミュニケーション企画室、コミュニケーション技術室、デジタルトレード室が設置。施策によって顧客の行動や意識のデータを収集し、データサイエンス室で分析し、また施策を行うというPDCAにもとづいた編成である。

 当初力を入れたのが、社内ステークホルダーとの連携と、社外パートナーとのデータ共有。また、デジタル関連の権限を集中させていくことで、デジタルマーケティングに注力していく体制を整えていった。もちろん、石井氏は強権を発動してまとめ上げたのではなく、関連部署に「任せればいい結果が出る」と思われるようにする工夫を絶やさなかった。

 まず、自分たちがコストセンターではなくベネフィットセンターであることを認知してもらわないといけない。そのために、トップラインで成果を出すことと、ボトムラインで貢献することに取り組んだそうだ。

 石井氏は最初にトップラインで成果を出すために動き出した。実店舗を利用する顧客のデータを統合したのだ。2006年に子会社化したカネボウ化粧品は、各地のデパートに店舗を持っていた。しかし、顧客台帳は店舗ごとに作っていたため、1人の顧客がデパートAで商品を購入し、翌月にデパートBで購入、さらに翌月にデパートCで購入、3ヵ月後に再びデパートAで購入していた場合、台帳の都合で3人の別々の顧客が3ヵ月ごとに商品を購入しているように見えていた。逆に言うと、1人の顧客であることが見えていなかったのだ。

 そこで、顧客の実態を掴むためアプリを導入。会計時にアプリを提示してもらうことで、別々の顧客に見えていた人たちが、実は毎月商品を買ってくれる1人の顧客であることがだんだんと見えてきた。これによって広告から店頭まで、一貫したマーケティングを行い、最適な施策が打てるようになった。

 ただ、上記のような企業都合だけでアプリをインストールしてもらうのは難しい。そこで、アプリをインストールした人にはスマホで計測できる肌水分センサーをプレゼントした。これにより、顧客は自分の肌がどんな状態かを知ることができ、適したケアを行える。そして、企業側としても顧客の肌状態のデータが集まるため、たとえば乾燥肌の人が多い時期を見定めて商品の提案ができるようになる。企業都合を顧客にとっての価値にする優れた実例である。

 さらに石井氏はセグメント思考への移行を語った。例として挙げられたのが「メリット」のPYUANというシャンプーだ。ライフスタイル別に41種類も広告を制作し、LPと商品も複数タイプを用意。顧客が自分の価値観に従って選ぶだけで、最適な商品が提示される。

 セグメント思考はパーソナライズの時代には不可欠なものであるが、それを実現しようとすると困難が立ちはだかる。接点やターゲットごとにクリエイティブや商品を作らなければならず、作業量や費用が際限なく増えてしまうのだ。花王ではこれをどのように解決したのか。

マーケティングのデジタル化論

DAMの導入でコスト削減

 そこで取り上げられるのが、先ほど挙げたボトムラインでの貢献である。花王では2000年にCMSを導入していたが、それに続いてワークフローを標準化するためにDAM(Digital Asset Management)を2009年導入。デジタル資産を集約し、一括管理するようにしたという。重複作業の削減と、コンテンツ生成・管理の効率化が大きな目的だった。

 たとえば、サイト内のページで写真が必要になった場合、DAM導入以前は毎回撮影し直すことが多かったそうだ。同じ素材で十分であるにもかかわらず、データがどこにあるのかわからないため、探すより撮影したほうが早かった。しかし、そうすると撮影費がかさんでしまう。もし写真データがきちんと管理されていれば、必要に応じて誰でもすぐに利用できる。追加の撮影費は必要なく、コストを減らせるうえ、著作権も管理できる。

 その積み重ねの効果は大きく、導入費用は必要だったが、年間数千万円の削減に至ったと石井氏は明かす。

 また、デジタル関連の勘定科目を作り、代理店請求書の標準化を図った。これはサイトのコーディングにおいて効果を発揮した。たとえば、特設ページの上部に設置するカルーセル。いろいろなページに設置されているが、JavaScriptのコードはほとんど同じで、作業する際もコピペで済む。しかし、ページごとに制作を依頼すると、他のページでも利用しているカルーセルの部分も費用を請求される。

 そこで、サイトデザインをモジュール化し、それぞれに勘定科目を設定した。そうすることで、カルーセルなどのパーツを使い回すことができるようになる。商品数が多く必然的に特設ページも多くなる花王では、コスト削減に特に有効だったという。

 トップラインで成果を出し、ボトムラインで貢献する。こうした地道な活動が功を奏し、石井氏が率いるチームはデジタルマーケティングセンターとなり、社内で信頼を獲得していった。そして同時に、任せれば大丈夫だということで権限も集中。社内のデジタル周りを一括して引き受ける部署へと成長していったのだった。

マーケティングのデジタル化

 石井氏はしかし、一つの部署だけでデジタルマーケティングを推進するのは不可能だと強調する。関連部門を巻き込むことがイノベーションを加速させるのだ。特に、情報システム部門などのIT部門とマーケティング部門は相容れないことが多いと話すが、その協働を促すことが新しいものを生み出す原動力になると言う。

 だがなにより、石井氏が最後に話してくれた言葉が印象的だった。社内にデジタルマーケティングと名のつく部門があること自体が既に遅れているのだと。

 なぜか。デジタルマーケティングを取り入れることではなく、マーケティングのデジタル化こそが要だからだ。それが今、日本のマーケターが取り組むべき大きなテーマなのである。

 石井氏の講演「マーケティングのデジタル化論」はこれにて幕を閉じた。

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この記事の著者

渡部 拓也(ワタナベ タクヤ)

翔泳社所属。翔泳社から刊行した本の紹介記事などを執筆しています。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2018/07/20 07:00 https://markezine.jp/article/detail/28861

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