「マークアップ」の考案によって生まれた広告代理店との関係
佐藤:広告代理店とのビジネスの関係で言うと、Overtureが「マークアップ」という制度を導入したことが大きかったと思います。広告代理店に検索連動型広告の運用管理を依頼する広告主には管理手数料を上乗せしたわけです。ただし、会計上の種目が違うと広告主側も支払いづらいため、代理店経由の申し込みには媒体費を+20%値上げしたという形になります。

杉原:それを考案したのが当時Overtureの社長だった鈴木さんですね。20%に含まれるサービスの企画が、私が行ったOvertureでの最初の仕事でした。
佐藤:上限が20%ではあるものの、「コミッション(手数料)」で仕事ができるということを提示したからこそ広告代理店にも受け入れられていったのだと思います。
佐藤:Overtureが「マークアップ」を導入したということは広告代理店を通じて耳にしました。日本の広告代理店を巻き込むためにはこれは必要だと思い、AdWordsでも導入すべきだと本社に伝えました。
この制度を本国のGoogle側に納得させるには相当骨が折れました。当時グローバルのセールスを統括していたオーミッド・コーデスタニと2時間ずっと小料理屋で話し合いました。向こうはじっと目を見て「代理店コミッションは本当に払わなくてはいけないのか?」、それしか言わないわけです。
名目上、媒体費を20%値上げするということで、創業者のラリー・ペイジやサーゲイ・ブリンはオークションの中立性を気にしていました。結果的に自社での運用も代理店での運用もオークション自体には影響を与えないだろうということで、AdWordsでもマークアップを導入することが決まりました。
杓谷:ここまでのお話を聞く限りでは、Overtureの方がAdWordsよりも広告代理店を意識してサービスを設計しているので、1歩リードという気がしますね。
最低入札価格の値下げで生まれたロングテール市場
佐藤:検索連動型広告市場が拡大していくにあたり、(現在は撤廃されている)最低入札価格の設定はとても重要でした。
杉原:Overtureはサービス開始当初から一律35円でしたね。当時のOvertureは勢いがあったので売上はどんどん伸びていきました。ただ、検索ボリュームの大きい一部のキーワードに発注が集中してしまい、検索数の少ないキーワードを買ってもらえなかった時期が続きました。そうすると「カバレッジ」(すべての検索数に対して1つ以上の広告が表示された検索数の割合)の問題がでてきます。
次の図はメディア収益最適化の方程式で、検索数あたりの売上を上げていくための要素を因数分解したものです。この方程式の一番下の式が示すように、「カバレッジ」が上がらないことには収益が増えていかないわけです。

杉原:営業的にはこれまでにも増してキーワードを幅広く売っていったのですが、「カバレッジ」がじわじわとしか上がらなくて、何年かかるんだろうと途方に暮れていたので、最低入札価格を下げようという話になりました。
全体の売上がマイナスになることをやりたくなかったので、最低入札価格が当初の通り35円でも入札されているキーワードはそのまま35円、広告が出稿されていないキーワードに対しては9円にしましょう、というように段階をつけて最低入札価格を引き下げました。
その結果、今まで買われなかったキーワードが買われたことでカバレッジが大きく改善されていきました。価格が下がったことで広告主もとても喜んでくれましたね。
1つのキーワードに対して広告主がどれくらい入札していると自然な入札競争が起きるか、というリサーチがあったのですが、その時は13の広告主がつくと良いという調査結果が出ていました。「カバレッジ」ももちろん大事ですが、「デプス」(広告が表示された検索数あたりの広告の本数)も増やさなければということに躍起になっていました。「カバレッジ」と「デプス」の2つに全リソースを集中していましたね。

佐藤:AdWordsの最低入札価格は30円でした。米国では先に最低入札価格の7円を導入して成功しており、1円にしても良いのではないかという雰囲気になっていたので、CEOのエリック・シュミットから何度も使者が送り込まれ、日本も7円にするように説得に来ていました。
私はその頃日本のセールスチームからの強い要望があったため、アメリカの本社に行っていかに最低入札価格は30円ぐらいが相応しいかを説明しました。それなりに納得はしてもらってなんとか日本の最低入札価格30円を本国に認めてもらっていたのですが、2ヵ月くらい経った頃に、日本のインターネット系大手の広告主がまったく出稿していないということに気が付きました。
プレミアム広告常連広告主からの発注は全部あったのですが、中小企業やデジタル系のベンチャー企業からの発注が少なかったので、裾野が広がっていかないなと感じていました。それで、日本も米国にならい、最低入札価格を7円にしようということに決めました。
この決断をしたところ、とあるインターネット広告専業代理店から「来月の売上どうしてくれるんだ!」と怒鳴り込みがありました。しかし、蓋を開けてみたら新規の広告主がどんどん入ってきて売上が爆発的に伸びていきました。
Infoseekでバナー広告を売っていたり、Googleで「プレミアム広告」を売っていた世界からまったく違った景色が登場したという印象でした。中小企業の広告出稿で最初に全枠が埋まったのが「はんこ」でした。また、屋形船の予約やトルコ絨毯のキリムなど、ニッチな商材を扱う中小企業が広告を出稿できるようになりました。
最低入札価格を下げたことで、中小企業の参入を容易にし、いわゆるロングテールの市場を創出した、ということが一番大きな意義だったと思います。インターネットに限らず、これまでそのような中小企業が自由に広告を出稿することができませんでしたので。
杉原:それまで、大きな予算を組んで代理店を通さないと広告は出稿できませんでしたが、1,000円でも始められるとなると中小企業は飛びつきますよね。
佐藤:これこそインターネットらしいビジネスモデルだなと思いましたね。Infoseek時代に思い描いていた個人をエンパワーメントするという世界がOverture、AdWordsを通じて具現化できたわけです。
杓谷:最低入札価格を下げたことによって多くの中小企業が参加できるようになり、「カバレッジ」と「デプス」が改善されて売上が爆発的に伸びたということですね。