携帯電話でモノは買わないと言われていた
岡田:2008年当時のモバイルといったら携帯電話のことを指していたのですが、あるショッピングモール系の広告主が、自社の流通総額の半分をモバイル経由にすると宣言しました。その頃の携帯電話経由の流通金額は数%あるかどうかといった規模でしたから、はじめて聞いたときは「気でも触れたのかな?」と思うほど先進的な話で……。携帯電話用のサイトもデスクトップ向けとはまったく異なるのでユーザー体験も違いましたし、着メロ・着うたなどのコンテンツを購入する以外は、ほとんどと言っていいほど使われていない時代でした。
その企業とミーティングをすると、先方の担当者も「やらなきゃいけないんです!」と悲壮感が漂っているような状況でした(苦笑)。流通総額のモバイル比率を半分にするためにある程度の規模感をもって協力できるのは当時Googleくらいしかいないわけです。改めてその会社の携帯電話用のサイトを見てみると、デスクトップに比べて明らかに力が入っていませんでした。
杓谷:AdWords(現Google広告)のキーワードプランナーもデスクトップしか対応していませんでしたね。そもそもキーワードプランナーで検索数が表示されるようになったのが2008年のはじめの頃でした。その前は「とても多い」「多い」「少ない」などしか表示されませんでしたね。
海外でBlackBerry向けのキャンペーンを担当していた人達も相当苦労したのではないかと思います。携帯電話はディスプレイのサイズも小さく、検索結果の右側の広告枠がなかったので、とにかく検索結果上部の1位と2位に表示されることが重要でしたね。

岡田:デスクトップに比べると圧倒的に検索数が少ないながらも、携帯電話で検索されている検索語句の中から通販につながりそうなものをひたすら取捨選択して、入稿用のファイルに整えて先方に納入していました。
すると、そのファイルをAdWordsに入稿したその翌日からクリック数や売り上げがもの凄い角度でぐんぐん伸びていきました。携帯電話でモノを買わないと言われていた時代だったのですが、気がつけばその企業の新たなセールスチャネルとして経営陣に認知されるほどの手応えを得ることができました。最終的に入稿したキーワードは数十万を優に越えていたのではないでしょうか。常識にとらわれずに挑戦してみることの重要さを感じましたね。しかしながら、今思えばそれが携帯電話時代の最後のピークだったのかもしれません。
佐藤:2008年頃に米国のGoogle本社に日本の状況を報告する機会があったのですが、創業者のラリー・ペイジ、サーゲイ・ブリンも出席していました。私は日本では携帯電話経由のインターネットの利用が急速に進んでいることを話し、日本の携帯電話のサンプル機を渡したのですが、ラリーはずっとその携帯電話で遊んでしまい、プレゼンをほとんど聞かないなんてことがありましたね(苦笑)。
本社では、携帯電話は日本では市場があるかもしれないが、他の国では可能性がない、と言われたように記憶しています。当時GoogleのCEOを務めていたエリック・シュミットはAppleの社外取締役も務めていましたが、水面下ではAppleがiPhoneの開発を進めていて、GoogleとしてもAndroidを開発していたので、必要以上に携帯電話には肩入れしない、という判断だったのだと思います。
スティーブ・ジョブズとiPhone、そしてAndroid
杓谷:2007年にスティーブ・ジョブズ率いるAppleがiPhoneを発表しました。Googleも2005年にアンディ・ルービンのAndroid社を買収していて、スマートフォンの開発を進めていたわけですが、日本では2008年12月に最初のAndroid携帯が発売されます。

佐藤:Androidの産みの親であるアンディ・ルービンはGeneral Magic社に在籍していました。90年代初頭にスマートフォンの原型を開発していた会社で、ソニーや富士通など日本の企業も出資していました。最近映画にもなりましたね。
岡田:AndoroidはPDA(Personal Digital Assistant)のOSで知られるPalm OSの開発メンバーが中心となって開発されたと言われています。Palm OSのカレンダーは現在のGoogleカレンダーの動きとほとんど変わらないですよね。初めて見たときはJavaScriptでここまで動くのかと感動しました。

杓谷:2001年にGoogleの日本法人ができる前、ある人が来日したラリー・ペイジを秋葉原に連れて行ったそうですが、その時もラリーは携帯電話を触ってずっと遊んでいたと聞いています。もしかしたらその時から日本の携帯電話には注目していたかもしれないですね。
佐藤:結果論かもしれませんが、最初から海の向こうでいろいろい研究されていたのかもしれません。Appleを長く見てきた立場からすると、Appleから追い出される前のスティーブ・ジョブズが思い描いていたコンピュータがiPhoneだったのでは、と感じます。手で全部操作できて、直感的に使えてしまう。自分の子供達を見ていても、親がなんにも教えていないのにiPadを使いこなして勝手にYouTubeを見たりしています。この姿こそがスティーブ・ジョブズが思い描いていたビジョンだったように思います。本当に世の中を変えてしまいましたね。
岡田:一方で、米国でも「我々は車社会だからスマートフォンなんて使わないんだ」という記事がたくさん出ていたので、あの頃は米国でもまだスマートフォンに対して懐疑的な風潮もあったと思います。米国ではブランド系広告主が積極的に携帯電話用のWebサイトを作ったりしていましたが、日本では携帯電話が普及しているとはいえ、トラフィックは全体に比べると小さかったので、大手企業が積極的に参入するという土壌はなかったように記憶しています。