インターネット広告の「インターネット」が取り払われたときに
菅野:産業を支える働く人の意識という点でも、フェースが変わってきていると感じます。今、インターネット広告に携わる人のあいだで、広告は必要悪であるという自意識を持っている人も多いと感じています。私のキャリアはたかだか10年くらいですが、少なくとも学生時代に持っていたインターネット広告の可能性にエキサイトしていた景色とは、やや離れたところに来てしまったなーと。やっぱり、自分たちが支える業界を好きでいられる場所にしたい、というのは未来を作っていくという視点では大切なのではないでしょうか。
会社のメンバーで事業のあるべき姿をよく議論をするのですが、嬉しいことに「悪いことはしたくない」「胸をはれる仕事がしたい」「愛される広告を作りたい」と口をそろえて言ってくれます。これはこれでとても嬉しいことなのですが、ちょっと待って、とも思うんです。そういう言葉が出るっていうことは、広告は嫌われるものであるという自意識が見え隠れするということで、それはちょっと悲しいことなんじゃないかとも。
それはたとえば、広告を間違ってクリックしてしまう、その一つひとつのユーザー体験の積み重ねで広告に関する嫌悪感が醸成されているんだと思います。しかしながら、事業者にとっては経済合理的であるからなくなりづらい、という密かな自覚も実はある。
寡占的なグローバルプラットフォームがルールメイクをしていくというだけではなく、様々な立場でインターネット広告に従事している人たちが、自分たちの仕事に胸を張れるようにしていくことも大事になってきているのだと思います。なかなかこれは難しいのですが、それを綺麗事だけじゃなく、ちゃんと利益が出る形で作っていく、経済合理的に達成していく、これがインターネット広告の未来を作っていく上では、とても重要だと感じています。
大人になりつつあるインターネット広告の「インターネット」を外して考えてみる。資本主義の仕組みの中で、企業・法人によって生産されるサービスや財を多くの人に届けたい。そして、人々が受益者として未知の情報に触れたい。これらの情報流通を取り持つものを広告と呼ぶ限り、広告はなくならないと思います。デバイスやテクノロジーやフォーマットで方法論が変わっていくのみです。
僕らがいるインターネット広告業界は、ユーザーがいて、アプリなどを通じてコミュニティを育てるデベロパーがいて、そこでコミュニケーションが取りたいという広告主がいて成り立っています。FIVEでは、自分たちのプロダクトを通じて、ユーザー、メディアが良質なものについては、利益がしっかり出て継続して成長できるようにサポートしていきたいと思っています。ある場所に行くまでに乗換案内を見たかもしれないし、ニュースアプリを見たかもしれない。寝る前にちょっと漫画を読むかもしれません。確実に自分たちの生活を豊かにしてくれているアプリやサービスは世の中にたくさんあるわけですが、この人達のビジネスモデルが広告であることはとても多いです。この人達を支えるということは、ユーザーを支えるということに他ならないですし、Webサイトやアプリの体験こそがユーザーのインターネット体験なので、それを健全なプライドを持って支えていきたいと思いますね。少し抽象的かもしれませんが。
ほしいものが、ほしいわ。
菅野:世の中のために、社会のために、と大きいところから振りかぶって考えると難しいと思うのですが、自分たち自身が欲しいインターネット空間を自分たちで作ろうよ、ということなのかなと考えています。
杓谷:自分たちで作っていこうという姿勢は、インターネットは誰もが情報を発信できる民主的なツールであるという、インターネットの本質を原理原則から捉えたもので素晴らしいですね。Googleの創業者も、そういった姿勢をいまだに持ち続けているように思います。
菅野:糸井重里さんの手がけた西武百貨店のコピーに「ほしいものが、ほしいわ。」があります。文脈としては、消費社会になってきて、バブルがあってなんでも手に入るようになって、物質的に究極的に行き着いたところが「ほしいものが、ほしいわ。」だったわけです。
今、情報が溢れた中で、僕たちユーザーは「ほしいものが、ほしいわ。」という感覚をインターネットそのものに持ちつつあるのではないでしょうか。
機械学習やブランドセーフティなど、様々な進化や課題があった中で、自分たちが何をしたいんだろうと考えたときに、インターネットを自分たちの欲しい形にしていきたいな、と思いますね。それが2019年現在の気持ちです。世界を変えていくというビッグストーリーだけではなく、自分たちの欲しい未来を自分たちの手で作り込んでいく、そういうことが時代の気分として強くなっていくと思っています。
『インターネット広告の歴史と未来』の連載は今回をもちまして最終回となります。最近この業界に入ってきた方にとって、少しでも理解の助けになっていたらと願うばかりです。そして、これから一緒に「未来」を作っていくことができたら嬉しく思います!
