エバンジェリストに求められるもの
「コミュニケーション上手なマーケター」や「話のうまいエンジニア」が本来の業務とは別に、スポークスパーソンとして活躍するケースがあります。しかし、個人の裁量に委ねてしまうと、メイン業務の忙しさによって活動にムラが出たり、発信する内容やタイミングにズレが生じたり、時には独りよがりな個人のアピール活動になってしまうといったことがあります。企業としての発信活動から逸脱し、問題が生じる場合もあります。職務としてスポークスパーソンを担い、会社の意図に併せた発信を行うのがエバンジェリストです。では、「一芸社員の勝手発信」とエバンジェリストの違いはなんでしょうか。
そもそも「エバンジェリスト」は、キリスト教の「伝道者(=新しい考え方や価値を人に伝えて広める人)」のことでした。そこから転じて、企業のエバンジェリストは、今までに例のないサービスや技術などについてわかりやすく伝える役割を担った人物のことです。「テクノロジー・エバンジェリスト」として技術を中心に啓発活動を担うこともありますが、最近はシェアリングエコノミー、FinTechなどなど、新しい考え方に基づくサービスにおいて、その“概念“の啓発を担う役割も注目されています。
そこで求められるのは、「会社、自社製品に関する知識」や「競合も含めた市場動向や業界事情に関する知見」。さらに、それらを「顧客目線で伝えるコミュケーション力」です。時には専門家としての「個人的な見解や感想」を求められる場面もありますが、あくまでも「会社を代表した専門家としての知見」が求められるわけです。また、心構えとしては「自社のメリット」と「顧客目線」を併せ持つことも重要です。
そして、「自社の製品を愛し、使い込み、その良さを徹底的に理解して伝えられるようにする」こと。さらに、その前提となる「企業のビジョン、中長期的な事業のゴール、戦略とそれにともなうスケジュール」なども把握し、企業活動に沿った発信を行うことも重要です。あくまでも「所属する企業のために存在する」ことを忘れてはいけません。
企業のコミュニケーション活動はすべて「PR」
エバンジェリストが「布教」活動をする際に、PR(=パブリック・リレーションズ)の概念を知っておくと、方針を整理しやすくなります。私は、マーケティング→広報(PR)→エバンジェリスト→コネクタ と役割が変わっていきましたが、「PR」の考え方を知った上でエバンジェリスト/コネクタ活動に臨めたことは、とても有益でした。
米国のPRの教科書として知られる『Effective Public Relations』(邦題『体系 パブリック・リレーションズ』)では、PRを「組織体とその存続を左右するパブリックとの間に、相互に利益をもたらす関係性を構築し、維持するマネジメント機能」と定義しています。しかし、実際にはその業務範囲やミッション、求められるスキルについては様々な解釈があり、業界や時代、”宗派”によって定義が異なり、また変化しています。しかし、マーケティングと広報、双方に携わった立場からすると、企業のコミュニケーション活動はすべて「PR」で説明できると私は考えています。特に「対象」「媒体」「コンテンツ」に注目してみましょう。
エバンジェリストは「媒体」、対象とコンテンツを使い分けよう
ここでいう「パブリック」とは、世の中全般、社会という意味です。顧客や見込み客など限られた相手だけでなく、自分の会社や組織となんらかの利害関係を持つあらゆるステークホルダーがコミュニケーションの「対象」になります。そして、都度「今は誰に向かい合うべきか?」を見定めながら、信頼関係を築くことが求められるということです。

PRの概念の中でもう一つ大切な要素は「媒体(=メディア)」です。相手に対してどのような方法で情報を伝えるのかが重要なのです。エバンジェリストとは、PRにおける媒体としての機能を「個人」が担っているというわけです。
そして、何を伝えるか。これが「コンテンツ」で、相手に応じてカスタマイズしていく必要があります。エバンジェリストは、会社に代わって表に立ちます。そして事業のゴールやフェーズに応じて「今どのステークホルダーに向かい合うべきか(=対象)」を見定め、相手に応じて発信する内容(=コンテンツ)を使い分けながら、最終的に信頼関係を構築する必要があります。「一芸社員」が「特定の技術や製品について、台本通りに演じる」とか「好きな時に、言いたいことだけを発信する」のでは不十分ということです。

冒頭で「あなたのために」情報を届ける時代になったと書きましたが、そのためには1対1のコミュニケーションがきちんと成立している必要があります。そして発信を担う個人は、あくまでも媒体として機能すべきです。その背景には企業が発信したい意図があり、また期待する結果があるはずです。