顧客行動を踏まえたマーケティング戦略
――本当ですね。意識が変われば打ち手も変わってきそうです。
そうなんです。なので、どうポジティブにいられるかが、毎日のカギですね。今、毎朝子どものお弁当を作っていますが、「今日もお弁当か……」ではなく「これで子どもが成長しているんだ」と思えばやりがいもあります。大変は大変ですけど(笑)。
マーケティングはまったくの未経験で2社目に入りましたが、優秀な上司に徹底して教えてもらい、すごく勉強させてもらいました。知識が足りないなら本を読め、読んだら紙に書き出せ、そして整理して自分の頭で考えればどうすべきかがわかってくる、とよく言われましたね。今の私があるのは、一緒に働く方々に恵まれたおかげだと思っています。
――デルでは、横塚さんは個人向けの事業に加えて法人向けの事業も一部担当されているのですか?
はい。コンシューマーと、従業員数が99名までのスモールビジネスを担当しています。自社で調査を実施したところ、スモールビジネスの場合、パソコンの調達を担当する方の9割が他の業務を兼務されていること、パソコン購入前には個人の方と同じようにWebの比較サイトをチェックしたり、製品名で検索してレビューを見たりしていることがわかりました。そこで当社では、コンシューマーとスモールビジネスのデジタル領域における戦略は、基本的に共通しています。
マス広告を止めたら認知度が大きく下降
――その中で、近年の注力点の変化や戦略の変更などをうかがえますか?
元々デルはダイレクトビジネスからスタートしていることもあり、テレビCMや屋外広告などのROIが明確ではない広告への投資は不要なのでは、という議論が数年前に起こりました。当時はそれを検証する統計的手法が現在ほど確立されていませんでしたので、数年間、マス向けのコミュニケーションを一切止め、「今欲しい人」のみをターゲットとしたROIがわかる新聞広告やネット広告などのコンバージョン施策に広告予算の100%を集中させました。すると、1年ほどは認知度などの指標に変化はなかったのですが、1年を過ぎたあたりからガタガタっと数値が落ちてきてしまったのです。
広告投資が適切に行えているか様々な手法を駆使して検証したところ、一部過剰投資している部分があることがわかりましたので、予算配分を全面的に見直し、ブランディング施策、エンゲージメント施策、コンバージョン施策にそれぞれ投資することにしました。
――その結果、認知度などの数値は戻ったのですか?

はい、広告投資の予算配分を見直し、テレビCMや電車内の広告などのブランディング施策を再開したことで、認知度などの数値は目に見えて変化しました。当社が実施したパソコンの購入意向に関する調査においても、デルは、2014年は6位でしたが、2018年は2位へと大きく浮上しています。今すぐパソコンを買う予定がなくても、近い将来必要となる方々などに、デルのパソコンを広く認知してもらえるようになったのだと思います。このように、コンバージョン施策に100%集中させていた広告投資を見直し、ブランディング施策にも効果的に予算を配分する戦略にシフトしたことが、コンシューマー事業の今日の好調を実現できた大きな要因のひとつだと言えます。
もうひとつの大きな転換は、この流れの一環で、コンシューマーのミッドファネル層へのエンゲージメント構築施策としてアンバサダープログラムを導入したことです。2015年から検討し、2016年の12月に開始しました。パソコンが好きで、デルに少しでも興味があれば、デルのパソコンを使っていなくても登録できます。
簡単には止められない 熟慮したアンバサダー施策
――御社のアンバサダープログラムは、とても上手く運用されているという記事を度々目にしています。エンゲージメント構築のために、具体的に何を狙ったのでしょうか?
今、パソコンのようなIT製品や家電などは、スペックや価格だけで勝つのは難しい時代になっています。そこで有効なのが、一人ひとりの顧客にどれだけエモーショナルなつながりを感じてもらえるか、だと思っています。そのひとつがアンバサダーの活動で、具体的にはアンバサダーの方々と関係を構築し、デルに対する第三者のリアルな声を世の中に増やしていくことです。
もちろん私たちの製品をほめてもらえたら嬉しいですが、何らかのインセンティブを提供して良く書いてもらうといったことは一切しておらず、アンバサダーの方々にはあくまで無償で参加していただいています。1回50人ほどの方々に製品を1ヵ月間貸し出して、現状の難点や改善点も含めて自身のブログやSNSなどでリアルにレビューしていただいています。最近の取り組みとしては、デルのパソコンがいかに動画視聴に適しているかを存分に体感していただけるよう、アンバサダーの方々に貸し出すパソコンはNetflixを1ヵ月間楽しんでいただけるようにしてあります。そのレビューがアンバサダーの周囲の方の目に触れたり、検索した方が読んだりすることで、私たちに一歩踏み込んでもらうことを目指しています。
――デルのマーケティングにおいて、ここ数年は大きな変化があったのですね。ご自身としては、これまで何か考えが大きく変わるようなきっかけや転機はありましたか?
アンバサダープログラムがまさにそうだったかもしれません。先ほどお話ししたように、検討から導入まで1年以上かかっています。私は基本的に何事も即決派で、たとえば洋服を買うにも即選んで試着して、良ければすぐ会計、という感じですごく早い(笑)。ビジネスでもこれまであまり迷ったことがなく、課題の解決に有効であれば新しいテクノロジーもどんどん試すのですが、このプログラムだけはどうしても決断ができなかったんです。
なぜかというと、会員制のプログラムですから、始めたらそうそう止められないからです。いくら数十人からのスタートで、モチベーションが様々だったとしても、デルとその方々とでお互いにコミットして始めるわけなので、簡単に止めますとは言えません。絶対に成功させなくちゃいけない、と考えると、当時は即決できるほどの自信をなかなか持てなかったのです。