オーディエンス・データの利活用 携帯キャリアは割に合わない?
昨年以降、Facebookをはじめ、YahooやAOLのようなプラットフォーム企業にとって、オーディエンス・データを活用したビジネス手法に対する風向きが変わったのは周知のとおり。約15億人のGmailユーザーを持つGoogleがメールのスキャンを中止すると発表し、かつては首位だったMicrosoftも同様に広告目的で使ったことはないと述べている。そして今回、最後発でVerizonが「Yahoo&AOL」のユーザー・データを他社に向けた販促ツールとして提供することは行わない、という基準を、ようやく今回のCESで「そっと」示したのだ。
Verizonが保持する回線契約ユーザーのデータは、同社が主語となってビジネスへ活用する場合は、「ファーストパーティー・データ」※1と呼べる。しかしこれをマーケター(広告主)側に提供するのであれば、マーケターから見ればセカンド&サードパーティーの「ベンダー」のデータ提供になる。Verizonが自社の管理で物販事業として自社のファーストパーティー・データをマネタイズに使うのではなく、他社に向けて提供する広告ベンダー事業を行うのは、ユーザー心理が逆風な上に薄利多売(数多く集まってこそオーディエンス枠としての価値が付き、単価は安い)のビジネスであると判断したのだ。
※1 広告主が自社で収集・保有している顧客情報や商品情報、取引、トランザクションのデータ。社外のデータプロバイダーから購入したデータをサードパーティー・データとして区分。

逆路線をとるAT&T ユーザー・データ事業に注力
Verizonの判断とは対照的に、「AT&T」は自社回線ユーザーのデータをバックボーンに、映像コンテンツ+広告ビジネスを推し進めている。アドテク企業の「AppNexus」すらも買収し(約1,760億円/16億ドル)、AT&Tは昨年のマーケティング業界M&Aランキングの4位に顔を出した。
AT&TとVerizonは米国において2強の携帯キャリア事業主(電話回線事業)として、常に比較対象にある。AT&Tはユーザー・データを取り扱う事業を柱にしているのに対し、Verizonがその取り扱いを躊躇している。両社のスタンスの違いは、AT&Tは事業の柱に電話回線事業だけではなく、「テレビ配信」を持っていることが大きい。
AT&Tは衛星放送である「Direc TV」を2015年7月に約5.1兆円(当時レートで485億ドル)で買収を完了した。米国で2,600万人、中南米に1,900万人以上のテレビ受信の契約者を獲得している。この時点でAT&Tは、電話回線事業だけでなく、米国発のテレビ配信における最大プロバイダーとして一気に昇格した。さらにその後AT&Tは、Time Warnerを8.8兆円(854億ドル)で買収完了しているので、単純合算で約14兆円もの「テレビ投下」を行っている企業形態だ。日本では実現していない数年先の事業モデルである。
この電話回線事業が担うテレビ配信事業は、新たなデータの垣根を崩す。これまでのテレビのオーディエンス・データや視聴データは、性別+年齢のデモグラフィックデータに依存し、個人を特定するものではなかった。さらにターゲット別CM配信も不可能であったため、GDPR的には「無風」の領域であった。今後5G配信を踏まえて、「プログラマティック」な配信が「コネクテッドTV」向けに広がり、さらにCMコンテンツがターゲットごとに「アドレサブル配信」が可能になってくると、個人側のオプトインや情報コントロールの主権が課題になるのは必至だ。
このようにAT&Tはテレビ・コンテンツを確保し、それに伴うオーディエンス・データを軸とするビジネスを成長させようとしている。対するVerizonは、回線がつながっていれば「5G」の向こう側にスマートシティー&ホーム、医療、教育をはじめとした「重みのある」サービス(サブスクを含む)につながれる、「紙芝居の飴玉」を狙っている。Verizonは「人の目を引く」という軽い紙芝居(コンテンツ・マーケティングや広告)には頼らない、骨太の立ち位置を示したのだ。広く視聴を獲得するファネル・マーケティングに頼らずに、顧客との「パイプ・ストロー」を太くすることに専念するVerizonの戦略は吉と出るか。この2年でのAT&Tとの株価比較では、Verizon側が支持を受けているようだが、この2社が先行するビジネスモデルの違いは、日本でのコンテンツビジネスのすぐ先の未来を占っているため、注視が必要だ。