マーケティング戦略とは市場の文脈に合わせた全体最適化
――テクノロジーが普及する中で、ご自身の今の仕事内容は以前と比べて変化していると感じますか。それとも同じですか。

柿野:仕事内容は大きく変わっていますし、トライ&エラーの頻度も上がっています。ただ、マーケティングやビジネスそのものは「市場変化に合わせ、変わること」なので、その点は「変わっていない」と思います。
仕事内容の変化には、IT技術の進化、クラウドサービスの充実、そして、連携するデータサービスの多様性が大きく影響しています。コンカーが処理する経費処理量は世界で支出される経費の約10%を占めており、世界の景気動向を予測できるほどのポテンシャルを持つ、社会インフラになっていると思います。これらビッグデータをAIなどと組み合わせたサービス、たとえば、経費支出データをAIがモニタリングして、不正経費の発生確率からリスクを未然に統制するConcur Detect*など新しいサービス提供も行われています。
*Concur Detectは米国で提供中、日本での展開は現在検討中(2019年6月現在)
――ご自身ではマーケティング戦略とマーケティング部門の仕事はどのぐらいの比率で取り組んでいる感覚ですか。
柿野:マーケティングはマインドの問題で業務量の比率では表現できません。製品開発部門、営業部門、サポート部門でも、「作りたいサービスを市場ポテンシャルも加味して検討しよう」「お客様が本当に実現したいことを叶えるプロジェクトにしよう」「経費だけではなく、お客様が抱える問題全体を捉えてコミュニケーションしよう」など、マーケティングマインドを持って仕事している社員全員がマーケターだと思います。
――社員全員がマーケティングマインドを持つべきだとして、マーケティング部門に所属するマーケターは他部門の社員とどのように連携すればいいのでしょうか。
企業向けマーケティングは消費財に比べ、4Pの切り口に工夫が必要で、ブランドマネジャーがすべてをコントロールすることが合理的だとは思いません。一方、マーケティング戦略は全体最適で考えるものなので、経営者の理解とリーダーシップがなければ機能しません。それがあって、マーケティング、事業開発、製品開発の3つが鼎となって、マーケティング戦略の大枠をデザインし、社員全員で実践していく。そのためには会社の存在意義と部門の役割、個人の仕事を会社全体で確認し合うような全社的なコミュニケーションを取るのもマーケティングを推し進める上で、有効なアプローチだと思います。
――経営層からマーケティング責任者への期待をどう感じていますか。
柿野:今はコンカーの製品・サービスが多くの人に正しく理解、共感され、多くの引き合いにつながり、売りやすい環境を整備していくことを期待されていると思います。会社の中にいると、自社のことは詳しくなりますが、市場の視点で自社製品・サービスを客観的に見ることが難しくなります。ですから、マーケティング部門には会社の目となり耳となり、社外へと通じる窓として、会社が実現したいことと市場ニーズをバランスさせて市場に打ち出せるかが問われています。
――自社の製品・サービスに対して多くの人に共感してもらい、売りやすい環境を整備する上で重視しているポイントはありますか。
私は「バリュー」「プロセス」「インパクト」がマーケティングを進めていく上で、とても重要だと考えています。バリューは顧客にとっての見返り、プロセスはマーケティングから始まる全体プロセスの可視化と標準化と改善活動、そして、インパクトはお客様に振り向いてもらうための魅力的な文脈と実践です。
インパクトを生むために私たちが重視しているのがPRドリブン経営と呼ばれる経営手法です。この場合のPRとは、プロモーションやアピール、広告ではなく、パブリック・リレーションズのことです。通常、頻繁にコミュニケーションする対象はお客様、パートナー様、社員だと思います。これが市場視点になると投資家、政府自治体、規制当局、業界団体、アナリスト、教育機関などと広がっていきます。そんな認識を持ちながら、ステークホルダーと関係性の面積と質の両面を強化する。そして「コンカーはすごい!」と客観的に思ってもらえる具体的な成果や文脈を作っていきます。
次に市場や社会が求めるタイミングを見極めて、メディア・リレーションズにそれらを落とし込んでいきます。平時からプレスリリースや記者会見などで報道機関との相互理解を高め、たとえば、税制大綱の議論が始まる段階で、関連性の高い調査結果を公表し、市場ニーズとコンカーの文脈を結合させ、世に発信していく。記者や様々なステークホルダーからフィードバックを得て、文脈を自己修正していく。そうすることで、社会的にインパクトのあるコミュニケーションとステークホルダーとの良好な関係構築を両立できます。