生活者に「サブスク疲れ」が起きている?
しかし、急拡大を続けるサブスクリプション業界には課題も存在する。最も多い課題としては、「ユーザーとの継続的・長期的な関係をどのように維持するか」という点が挙げられる。サブスクリプションサービスには失敗例も多く、「お得感」「パーソナル体験」「新鮮な驚きや流行」を提供し続けることの難しさが示されている。
2019年に入って米国で盛んに言われているのが、「サブスク疲れ」の顕在化だ。最も鮮明な形で現れているのが、2017年に大ブームとなったミールキット業界である。チャーン(解約率)が最初の6ヵ月間で60%から70%と、サブスクリプション業界全体の平均40%を大きく上回り、Netflixの月間解約率2〜3%と比較すると極めて高い水準である。
解約の理由は「融通性の欠如」が最も大きい。週2回から3回分の宅配注文が必須であり、自分で事前に選んだ料理であっても、気分が合わないことがある。メ生活者に「サブスク疲れ」が起きている?「ポッドキャスト業界のNetflix」を謳い文句に、月額8ドルで著名トークショーホストのトレバー・ノア、女優で作家のレナ・ダナム、コメディアンのラッセル・ブランドなど錚々たるセレブをフィーチャーしたコンテンツ力の高い独自番組をはじめ、ビジネスやマネー、ニュースなどの番組をミックスして提供している。米ポッドキャスト聴取者の数は月間9,000万人に上るため、現在は「無料」のイメージが強いポッドキャストでも、有力コンテンツで勝負できるとしている。
「空の回数券」を販売する米ワンダーリフトでは、アメリカン航空、ユナイテッド航空、デルタ航空など米大手キャリアから格安で仕入れた国内片道航空券を3回分369ドル、4回分を459ドルで毎月販売するサブスクリプションサービスを開始。出発日3週間前から前日まで、専用アプリで利用したい日時を指定して予約をする仕組みで、独自アルゴリズムによって96%の確率で希望の便の座席が確保できるという。
格安レンタカー大手の米エンタープライズは、車を所有せず、使いたいときだけお金を払って利用するモビリティ・アズ・ア・サービス(MaaS)に参入した。この分野には米フォードなど大手自動車メーカーや米Uberなどの配車大手が既に参入しているため、激戦区となることが予想される。差別化の決め手は、セダンからSUVに至るまで多様なメーカーの多様な車種を保有するレンタカー会社ならではのMaaS体験だ。ユーザーは、初期登録料250ドルを支払えば、月額1,500ドルで乗り放題で、月4回まで気軽に好きなクルマに乗り換えられる。料金には自賠責保険、メンテナンス、ロードアシスタンス、衛星ラジオの「サイラス」利用料などが含まれている。ネバダやミネソタなど数州からスタートして、他州へ展開していく予定だ。
こうしたなか、小売大手の米ウォルマートは、子供・幼児服のサブスクリプションボックスを月額48ドルで立ち上げた。ウリは、子育て世代に人気の子供服サブスクリプションボックスを展開する米キッドボックスのブランド性に富んだアパレルが4〜5着入っており、市価の半額であること。「低所得層向けの安物を売る店」というイメージから脱却したいウォルマートと、事業を拡大したいキッドボックスの思惑が一致し実現したサービスだ。ネット小売の巨人である米Amazonに対抗すべく、ウォルマートのサイトで提供されている。ニューは限定的で、同じようなパターンに飽きて解約に至るなど、気軽にスキップできないために「サブスクリプションに閉じ込められた」と感じる顧客が多い。既に複数の業者が廃業しており、最大手の米ブルーエプロンも経営が苦しく、株価は紙くず同然にまで下がっている。このミールキット独特の柔軟性のなさを補うため、各社は「ビーガン」「低カロリー」などメニューの独自色を強めている。
また、オフィススイートのサブスクリプションで世界標準のワープロソフトWordやスプレッドシートのExcel、スライドプレゼンのPowerPointなどの寡占的地位を活かしてBtoB市場で君臨するマイクロソフトだが、独調査企業スタティスタの2019年1月の米国における全体的な市場調査では、同等のクラウド機能を無料で提供する米グーグルのGSuiteのシェアが58.32%に対してOffice365が41.61%に留まるなど、クラウド上の有料サブスクリプションで優位が保てない兆候が見られる。Office365ファイルとの互換性を確保し、しかも無料のGSuiteに一部の節約志向の生活者が流れる可能性は否定できない。
また、利用するサービスが増えすぎてパスワードが全部覚えきれない、キャンセルしたくても解約の仕組みが意図的に複雑にされており、キャンセルできずに月額課金を支払い続けているという苦情も聞かれる。

「サブスクの見直し」を勧める動きも
こうしたなか、米『ビジネスインサイダー』のように、読者にサブスクリプション見直しを勧める記事を掲載するサイトも出始めた。これらの記事は、「1ヵ月のサブスクリプション料金は安くても、1年間トータルの12を掛けて判断すべきだ」「1ヵ月の支払額合計を12倍して、本当に価値があるか考え直そう」「ケーブルテレビに加えてNetflixやYouTubeにも課金しているなら、使わず無駄になっているサービスがないか見直そう」など、「サブスクリプションの片づけ術」を伝授している。
また、金融大手の米キャピタル・ワンは、自行の「Eno」クレジットカード顧客向けの「サブスクリプション無駄遣いチェックアプリ」の提供を始めた。当該クレジットカードを使用してサブスクリプションサービスの支払いを行おうとすると、「本当によろしいでしょうか」とアプリが尋ねる。こうした機能は金融大手の米ウェルズファーゴをはじめ、サードパーティーアプリの「トリム」や「トゥルービル」も採用しており、サブスクリプション企業には脅威となっている。
こうしたサブスク疲れやサブスク離れを企業は真剣に受け止め、対策を講じるところも出ている。ブルーエプロンなどミールキット企業が生鮮スーパーでの販売を強化し、宅配と店頭のオムニチャネルを提供しているのが好例だ。「好きな時に手に取れる」商品への変換を進め、宅配のスキップもより柔軟に対応している。
化粧品サブスクリプションで業界をリードするイプシーも、従来の「スキップしたいときは1ヵ月に限ってできる」というルールを、「最高で3ヵ月スキップできる」ものに変更し、解約率を下げることに成功した。
スウェーデンの世界的音楽配信大手スポティファイも解約率を抑えるため、「家族割」や「カップル割」、さらに動画ストリーミング大手の米Huluとの「抱き合わせサブスク」で実質上の大幅な値下げを行い、独自のポッドキャストコンテンツ強化による差別化なども併せて、猛追する米アップルのAppleMusicに対抗している。
同じくスウェーデンの世界的家具量販店イケアでは、サブスクリプションする食器棚のドアなど、部材のみを後で好きなものに交換できるなど、パーソナル感や新鮮さを提供し続ける選択肢を増やし、サービス売上の伸びを狙う。
また、米国内の会員数が1億1,000万人を突破して好調の会員制Amazonプライムも、サブスクリプションの一種だが、ネット通販で猛追するウォルマートやターゲットに対抗するため、米国内の翌々日配達保証を翌日配達保証へと短縮した。
サブスク・ビジネスで勝ち組になるための教訓
米国のサブスクブームにおいては、「勝ち組」になれるのは顧客のわがままを聞き、縛りを縛りと感じさせず、顧客が離れられないキラーコンテンツの商品やサービスを提供できる企業だという教訓がもたらされた。
スケールメリットや市場での寡占的地位があっても、サブスクリプション分野はシェア逆転や転落が起こる未知の要因にあふれたせめぎ合いの場だ。ユーザーの忠誠心が移ろいやすいからである。企業にとっては「安定した収益を長期的に」との狙いがあるが、逆に高いチャーンに対処するため新規顧客獲得の広告費用などの経費がかさむことがある。
これからもシェア争いは熾烈さを増す一方だ。ミールキット業界に見られるように、撤退や淘汰も相次ぎ、他業種との垂直統合によるサブスクリプション大手が出現してくる可能性もある。
こうしたなか、サブスクリプション分野に進出した企業、あるいは近未来の参入を検討する企業は、「顧客の高い自由度やお得感に対する要求と、縛りをかけて収益を安定させたい事業者側の思惑は正反対のベクトルである」ことをまず認識し、どこでバランスを取るかを見極めることが重要だ。