イノベーション創出のカギは、異分野の知識の組み合わせ
イノベーションの「使用者」としてのユーザーから、イノベーションの「創造者」へ、ユーザーへの変化が起きています。しかし、ユーザー・イノベーションが、イノベーションの全てとなるわけではありません。大事なことは、 消費者がイノベーションの「受け手」だけでなく、時には「送り手」としても活動するということなのです。
これは考えてみると、実は当たり前のことです。なぜなら企業で自らの専門知識をもとにイノベーションを起こしている人も、他の分野ではユーザーであるといえるからです。逆にいえば、多くのユーザーは、他の分野の専門知識を持っているといえます。
さらにいえば、企業でイノベーションを起こしていない人も、ユーザー・イノベーションを起こす可能性がありえるのです。ユーザーとして異なる分野の課題に直面した際に、自らのもつ専門知識が問題解決に役立ち、そこから新しい何かを創造するかもしれないからです。こうした異分野の知識の組み合わせこそが、イノベーション創出のカギとなります。
先にあげた、シュンペーターも既存にはない組み合わせ(新結合)がイノベーションであると説明しています。ユーザー・イノベーションの代表事例であるマウンテンバイクの開発でも、使用者であり、かつ専門家であるというユーザーの両面性が、イノベーションをもたらしていると、フォン・ヒッペル教授は説明しています。
「高台から飛び降りることを専門とするマウンテンバイカーで整形外科でもある人は、この両分野からの情報を拠りどころとしたイノベーションを起こそうとするだろう。つまり、ジャンプの着陸時にバイカーの背骨にかかる衝撃を和らげるシート・サスペンションを作り出すかもしれないのだ。(中略)異なる職業を持つ人の場合は(たとえば、この人が航空技術者だとすると)、整形外科医とは異なる情報を拠りどころとする可能性が高く、その結果、別のイノベーションを起こすだろう」(von Hippel 2005 訳 p.124 『民主化するイノベーションの時代』)

「送り手」としてのユーザーが市場を動かす時代に
消費者(ユーザー)像の変化は、もっと私たちの身近なところでも実感することができます。たとえば、近年のSNSでのバズリや炎上もその一つで、ユーザーの発信が、時に企業発信よりもインパクトをもたらしていることの表れです。こうしたユーザーが「送り手」となる領域が、イノベーションにまで広がっていくのです。
それを裏付けるように、イノベーション調査の世界標準マニュアルであるオスロ・マニュアルのイノベーションの定義(PDF)では、製品が市場導入されているこという要件が外れ、自らの利用だけしかない場合、つまりユーザー・イノベーションを含む定義に変更されました。
そのため、マーケティングや消費者行動研究において、使用や発信する消費者に留まらず、創造する消費者を捉えた、ユーザー・イノベーションを研究する必要性があります。それを裏付けるように、『Journal of Marketing』、『Journal of Marketing Research』、『Journal of Consumer Research』などのマーケティングの国際的なトップジャーナルでも、多くのユーザー・イノベーションに関連する論文が掲載されています。