存在感を増す「静かで熱い消費者」
店舗、オンラインストア、モバイルアプリのすべてがつながっていることは重要ですが、お客様はブランドのことが好きだから行き来することを厭わないだけで、チャネル統合の成否だけに視野を狭めて企業視点で論じることには意味がないと思います。
今まではチャネルが統合されていなかったので、オンラインとオフラインでちぐはぐな接客をされると離反されるといった側面が注目されたのかもしれませんが、むしろ、オムニチャネル買物価値の前提となるブランドへの好意、ロイヤルティを醸成する顧客体験をもっと重視するべきだと思います。

では、お客様視点でのオムニチャネル買物価値はどう考えればいいのでしょうか。店舗、オンラインストア、モバイルアプリそれぞれの体験を包括した上で、お客様がどのぐらい楽しいと感じるかが重要なのだとすると、品揃えやどのチャネルからでも一貫した体験ができる設計になっているかが問われていると思います。
とかく「オムニチャネル」というと、企業はタッチポイントを整備することを考える傾向があります。確かにタッチポイントを整備することは必要ですが、これからはお客様が買物価値をどう知覚してくれるかに目を向けなくてはならないと思います。本当に重要なのは、複数のチャネルを用意することではなく、チャネルが与える顧客体験であり、その体験を評価するお客様の方なのです。
実は、当初筆者の研究フォーカスは、オムニチャネル戦略における最新のタッチポイントといえるモバイルアプリが、お客様にどんな体験を提供しているかに注目していました。ですが、得られたデータを考察していると、新たな視点が見えてきました。
まず、オンラインストアとモバイルアプリの相関が強すぎる傾向が見えてきました。これは質問設計にミスがあったのかもしれませんが、消費者としてはオンラインストアとモバイルアプリを経由した買物や体験を特に区別していない可能性も考えられます。
つまり、チャネルごとの買物価値が重要なのではなく、やはりそのチャネルを提供している企業、ブランドへの愛着や、ロイヤルティが先にあって、オムニチャネル買物価値があるのではないかという見方が生じてくるのです。
もちろん店舗とオンラインストア、モバイルアプリでは同じように買物ができるとしても、各チャネルが提供する機能的価値は違います。当然ですが、すべての店舗で100%の品揃えを実現することは難しいでしょう。オンラインストアやモバイルアプリにおいては商品に触れることはできないし、接客を受けることもできません。3つのチャネルを使いこなすお客様はそのようなことは承知の上で、買物行動をしているのではないでしょうか?
歴史を振り返ると、消費の快楽性が指摘されたのは、1990年代後半の経済成長が一段落した頃でした。それ以降のオンラインショッピングの登場で、良い意味でも悪い意味でも買物の快楽性が変化しているのではないかと考えます。
消費者は店舗、オンラインストア、モバイルアプリでブランドとつながり、どこにいても買物ができるようになりました。その結果、衝動買いの楽しさという「快楽性」がまったくなくなったわけではありませんが、ショールーミングやウェブルーミングをして冷静に買物をする消費者の存在感が大きくなっていると感じます。
実際にマーケティング活動を実務家として行っていても、当たり前かもしれませんが、企業やブランド愛から、積極的に口コミやソーシャルメディアでの情報発信を行う消費者はさほどおらず、アンケートに回答してはくれても、実際に商品の良さを熱く他人に語る消費者もさほど多くはありません。でも、それぞれの心の中では辻褄が合っていて、好意が購入を促してくれる。つまり、ブランドへのロイヤルティが高い消費者にチャネルを提供すれば、合理的に楽しく買物をしてくれる。でも「私を失望させないでほしい」と考えているのが「静かで熱い消費者」です。
