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有園が訊く!

「マーケティングの死」の本質 「サービス」が「モノ」を内包し、顧客と価値を共創する時代を理解する


価値を共創する「サービス・ドミナント・ロジック」

有園:今の美容師の例には「モノ」はないわけですが、つまり「モノ」を売るマーケティングも「サービス」と同じように捉え直す潮流が生まれている……ということですか?

高広:そう。それがまさにマーケティング研究の世界で最近注目されている「サービス・ドミナント・ロジック」という考え方です。人間の認識に関する哲学である現象学を元に、ステファン・ヴァーゴとロバート・ラッシュというマーケティング研究者が提唱したもので、ここでいう「サービス」とは従来の「無形の商品」とでもいうような交換可能な何かということではなく、「顧客と企業などのインタラクションそのもの」を指すような意味合いです。つまり“相互作用によって価値が生み出されるシステム”のようなものを「サービス」と呼ぶとでも言えばいいでしょうか。

 そのように考えると、“価値”が創出されるシステムが「サービス」なので、たとえば散髪のような、いわゆる「モノ」がない「サービス」の場合もあるし、先ほど解説した水筒のような「モノ」であっても「サービス」は成り立ちます。保温・保冷という機能が価値を持つのはお客さんが使った時。その時、水筒という「モノ」は価値を具現化するためのツールとなる、という見方です。

有園:「サービス」という言葉の意味が、そもそも違うんですね。

高広:そうですね。有形の「モノ」か、無形の「サービス」かという捉え方ではなく、「モノ」の価値を具現化するツールとして内包する「サービス」か、それとも「モノ」がない「サービス」か。世の中のビジネスはその2種類しかない、という見方ができる。

 サービス・ドミナント・ロジックに対して、従来の“「モノ」を売る”もしくは“(無形の商品という意味での)「サービス」を売る”という発想は、「グッズ・ドミナント・ロジック」と表されています。そもそもここでの「サービス」は、いわゆるアフターサービス的な、「モノ」に付随するおまけでしたよね。でも最近のサブスクリプション型の仕組みやSaaSのビジネスを考えると、もはやそれはおまけではないので、グッズドミナントの思考だと発想できない。サービスドミナントにのっとることで、「使って初めて価値が生まれる」という顧客体験を考えていくことができるわけです。

「モノ+サービス=価値」の方程式を解く

有園:なるほど。これが新しいトレンドであり、「モノの価値を伝える」というグッズ思考のマーケティングの終焉、つまり高広さんがいわれた「マーケティングの死」の背景なわけですね。

 となると、今「モノ」を売っているマーケターは、先ほどの水筒のように「モノ」を「『サービス』に内包されたツール」という見方で捉えた上で「サービス」を考案できれば、「サービス」として「モノ」を売っていくことができる。

高広:そうですね。具体的にどうビジネスにあてはめるかという点について、たとえば僕が以前ある特保(特定保険用食品)系飲料のマーケティングを担当したときのことをお話しましょう。とはいえ当時は「サービス・ドミナント・ロジック」という考え方を知らなかったのですが、結果としてその思考をなぞらえるような施策になっていたという話なのですが。

 その飲料は“脂肪燃焼を助ける”という飲料でしたが、お客さん側が得たい価値を必ずしもその「モノ」だけで満たすことができるのか? というのがもともとの発想でした。そのため、この「モノ」に何を足せばユーザーが得たい価値になるか? を考えて、実際に定期的に飲用し、自らの体重の変化や運動成果を記録するためのWebサイトを作成しました。つまり、「サービス」化することをキャンペーンにしたわけです。そしてその「サービス」の中に「モノ」であるその飲料を配置した、ということですね。正直、お客さんから見れば、自らの課題を解決してくれる何かがほしいのであって、「モノ」にこだわっているわけではないと思います。

 こういうものを企画するときには、「モノ」すなわち商品にあたるものを“x”、そして「足りない何か」を“y”として、「サービス」を“z”とすると、「x+y=z」という式が成り立ちます。“x”すなわち「モノ」しかなければ、それはいわば「グッズ・ドミナント」な考え方となりますが、“y”を提供して、“z”として価値提案することができれば「サービス」化ができます。“y”についても、単に“x”にお得感を出すために付け足すものではなく、“z”、すなわち「サービス化」をするための要素として重要なわけです。

 この時大事なのは、必ず“z”(価値やそれを提案するサービス)から考えること。なんでもいいから“y”を足したら“z”になるということではありません。“z”から考えると“x”だけでは何かが欠けてることが見えてくる。そこで“y"を思いつくことができれば、「H」という商品があったとして、それは「商品H」ではなく、「サービスとしてのH」となるわけです。この「サービスとしての●●」を実現するためにはどんな“y”があればいいのか……と考えていった結果、先ほどのキャンペーンが生まれたわけです。こうなってくると、広告やキャンペーンの企画というよりも、「サービスの企画」や「サービスデザイン」と言ったほうがいいんじゃないかとも思います。

高広:SaaSと呼ばれるものはその典型です。昔はソフトウェアはフロッピーディスクやCD-ROMというメディアに入れて、箱の中に入った売り切りのパッケージとして販売されていました。しかし、ネットワークがブロードバンド化してオンラインでソフトウェアを提供するようになり、その後サブスクリプション形式になり、次にそれらのソフトウェアを活用するための導入・活用サポートがセットになってきました。これも「サービス化」して、顧客と継続的な関係を築けるようになった結果ですね。

 結局、この場合の「価値」は、顧客が使うというインタラクションの中でしか生まれないので、このインタラクションの提供自体が実はSaaSのビジネスの根本的に重要なポイントであって、“サブスクリプション”というビジネスモデルが本質なのではない。つまりインタラクションの提供の良し悪しが解約率の低下にもつながるというわけです。

 で、このビジネス構造の変化は、そのまま組織構造にも変化を起こしています。

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自社の顧客はバイヤー? ユーザー?

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この記事の著者

有園 雄一(アリゾノ ユウイチ)

Regional Vice President, Microsoft Advertising Japan

早稲田大学政治経済学部卒。1995年、学部生時代に執筆した「貨幣の複数性」(卒業論文)が「現代思想」(青土社 1995年9月 貨幣とナショナリズム<特集>)で出版される。2004年、日本初のマス連動施策を考案。オーバーチュア株式会...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

高島 知子(タカシマ トモコ)

 フリー編集者・ライター。主にビジネス系で活動(仕事をWEBにまとめています、詳細はこちらから)。関心領域は企業のコミュニケーション活動、個人の働き方など。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2019/12/26 20:23 https://markezine.jp/article/detail/32603

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