「スマートショッパー願望」を満たすことが一つのゴール
――フリクションレスな体験が目指すべきゴールについても、お聞かせください。
奥谷:一つは、消費者の「スマートショッパー願望」を満たしてあげることではないでしょうか。
消費者は多かれ少なかれ「このサービスにこれだけのお金と時間をかけたんだから、素敵な体験をさせてよね」という気持ちをもっています。私はこれを「スマートショッパー願望」と呼んでいるのですが、そのブランドの店舗やサービスを体験したことで“I‘m good enough.””I’m a smart shopper.”などと、誇らしく思いたい、と考えるところがあるのです。
合理的に考えれば、「わざわざ店頭へ行かなくても、ネットで買えば良いのでは」と思うでしょうが、「非合理的で不条理な自分の行動すらも受け入れて、フリクションレスなサービスをとことん楽しむ。その様子をSNSに投稿して、反響がもらえるのも素敵。そうした丸ごとの経験を含めて、クレバーでありたい」という考え方もあるのです。
そういう気持ちを、店頭やデジタル、デバイスの体験で各種サービスがサポートしてあげると、「スマートな私になれた」と満足してもらえるはずです。
岡本:確かに、先ほどのGlossierの例は、その最たるものですよね。Instagramやブログなどで、Glossierのショッピングバッグの写真は本当によく見ますから。
他には、家庭用の自転車型トレーニングマシン「PELOTON(ペロトン)」も、そういう「スマートショッパー願望」を叶えていると言えるかもしれませんね。
奥谷:そうですね、NRF2020(※)へ行ったときにペロトンの社長のセッションを聞いて、見事な世界観を作っているなと思いました。ペロトンのトレーニングマシンって、20万円くらいするんですよ。「随分高級だな」と思うのですが、このトレーニングマシンにはタッチパネル式のモニターが付いていて、そこにカリスマトレーナーによるフィットネスコンテンツがストリーミング配信されます。
(※)米国で開催される、リテールや流通業界を対象とした展示会。
しかもそのトレーナーが「今この瞬間からあなたは変われる」などと励ましてしてくれるのです。マシンのほうも、「今日であなたは100回目のトレーニングですね」と、トレーニング状況を把握しておいてくれる。デバイスやデジタルの向こう側に、ユーザーにしか見えない、つながれないコミュニケーションやコミュニティがセットで付いてくる。他では得難い経験です。
するとだんだん、このトレーニングマシンでエクササイズする行為が「運動している」から「ペロトンやってる!」という、動詞へと変わっていく。そして「ペロトンやってる私って、いい感じ」という「スマートショッパー願望」を満たすことへとつながっていくのです。
最近私はよく「優れたフリクションレス体験には、ユーザーにしか見えないデジタルの世界がある」と言っていますが、ペロトンの事例はまさにそれを示しています。
一見、昔ながらの普通のトレーニングマシンで運動しているだけなのですが、バイクの向こう側にあるデジタルの世界に、自分の好きなカリスマトレーナーがいて、一緒に頑張っている仲間たちがいて、彼らと一緒にエクササイズできるスタジオもある。
これを私は、B to Cの関係ではなく、B with Cであり、B with C with Cの関係だと繰り返し述べてきました。テクノロジーを上手に活用してこのようなエコシステムを作り、スマートショッパー願望を満たしてあげることが、OMO時代の世界観なのかも知れないなと思っています。
対談の後編では、“フリクションレス”が実現されると、マーケティング・ビジネスはどのように変わっていくのか、より深掘りした内容をお伝えします。お楽しみに!
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