※本記事は、2020年4月25日刊行の定期誌『MarkeZine』52号に掲載したものです。
ヤフー株式会社 メディアカンパニー マーケティングソリューションズ
統括本部 マーケティング本部長 井上大輔氏
ニュージーランド航空、ユニリーバ、アウディジャパンでなどでデジタル&マスマーケティングのマネージャーを歴任。著書に『たとえる力で人生は変わる』『デジタルマーケティングの実務ガイド』。※所属・役職は2020年3月時点のものです。
Q1.最近、いちばん感銘を受けた書籍とその理由は?
『三体』です。世界的ベストセラーとなった現代中国のSF小説で、オバマ元大統領の愛読書としても有名です。
「この小説の中の出来事に比べたら、私の悩みなんてまだまだ小さいものだと思えた」。オバマさんは大統領就任時を振り返りそう語っていました。いや、ちょっと待ってくれと。アメリカ大統領の悩みが小さく感じられるほどの出来事? 一体何が起こるんだ、と。未読の方はきっとそう思われるでしょう。
実際にこの小説は、のっけからその言葉どおりの壮絶なドラマで幕を開け、最後の数ページに至るまで、さらにそこからひたすら風呂敷が広がり続けます。この伏線本当に最後全部回収されんのかと。しかし、大丈夫です。されるんです。それなりに。ええ、それなりに、です。
それでも、その風呂敷の壮大さを考えると、なお読後感は驚愕と畏怖の念で彩られます。作者の想像力、構想力、知識の深さ、そしてとんでもないテーマに飛び込む勇気。このすべてにとても感銘を受けました。
フィクションではありますが、超ド級の小説であるだけに、広告物の制作者として、とてもいい刺激と着想を与えられました。ビジネスのみならず、文化の中心も多極化してきています。中国・アジアが新たな文化の発信基地となりつつあります。そんなことを実感できる作品でもあります。中国のネットビジネス研究はもはや業界の必須科目です。中国のビジネス本を読む人も徐々に増えてきました。次は小説もぜひ手に取ってみてください。
Q2.「マーケターならこれを読むべし!」という書籍とその理由は?
田中洋先生の『ブランド戦略論』です。古今東西を問わず、ブランド戦略が、史上最も網羅的かつ体系的にまとめられた本ではないでしょうか。
そうした著作の性質上、あまり実務的ではありません。この本を片手にクライアント向けの企画書を書く、というようなものではありません。
しかし、ブランドに関する議論でここに触れられていないものはほとんどないと思われますし、あらゆる理論や考え方を可能な限り対立するものと並べて論じ、ブランド戦略論を体系的・網羅的に整理することに徹底しています。
たとえば、『ブランディングの科学』でお馴染みのシャープやエレンバーグの理論に触れた箇所では、一定の評価をしつつ批判も加えています。世界中の医学論文を精査するイギリスNHSの「コクランレビュー」のような厳密さです。その知識量や思考・調査の深さは、鬼気迫るものを感じます。書店に赴き、本書を手に取って1ページ目を流し読みするだけで、その意味がわかると思います。おびただしい数の参考文献が既にそこに見て取れるのです。
このような長年にわたる知的格闘の成果を、原語である日本語で読める我々は幸せだと思います。読書の習慣がない人や、理論書を読み慣れていない人は、すべて読み下すのに時間がかかるかもしれません。しかし、索引がとてもしっかりしているので、辞書として手元に置いておき、必要に応じて、あるいは興味の赴く順に項目を紐解いていっても良いでしょう。