自ら説得材料を揃えて他部門との連携を強化
――ANA Xの立ち上げには、どのような狙いがあったのでしょうか。
中野:グループの“顧客マーケティングを担う会社”として、マーケティング部門のひとつ、ロイヤリティマーケティング部を独立させる形で2016年10月に設立しました。
「ANAマイレージクラブ」による会員基盤はそのままに“ロイヤリティマーケティング”、“DBM”、“デジタルコミュニケーション”、“新規事業開発”という4つの機能がひとつの組織に統合されたことは、大きな変革であったと考えています。
限られた会員の方々に喜んでもらう側面が強かったマイレージプログラムを、ターゲットをより広げてプラットフォーム的な事業に変えていきました。

中野:ANA Xの中では経営企画に関わっていたのですが、過去の経験からDBM再構築を任されることになり、短期間でチームを立ち上げました。
その当時は、私が2012年頃に導入に関わったMAのバージョンアップすらされていない状況で、部門のIT担当にマーケティング基盤刷新の相談に行ったら、「そんなことやっている航空会社は他にない!自己満足じゃないのか」と話を聞いて貰えませんでした。
それでこれは正攻法では無理だと思い、やり方を改めることに。仲の良いIT部門の先輩やマーケティング部門のキーパーソンと飲みに行き直接口説くなど、色々と戦略を立てて進めていくようにしたんです。
福田:すごく地道な活動からスタートしたんですね。以前に対談したAOKIホールディングスの吉田さんの場合は、まず御用聞きに徹して各部署が抱えている課題を聞き、デジタルで解決できるものは引き取って、後から予算と人材を供給してもらっていくというアプローチをしていたそうです。
山上:共通しているのはキーパーソンとのつながりを得て、協力してもらうことですね。
――ビジネス観点でテクノロジーを選択することの難しさもあったのではないですか?
中野:航空会社のシステムのメインは、堅牢な運航システムをつくり運用していくことなので、マーケティングで実現したいことのためにどうテクノロジーを使えば良いかは、IT部門にも知見が不足していたりします。
そうした中、それまでのマーケティングソリューション導入は、マーケティング部門が独自に実施していたものも多くあり、IT部門から「マーケが勝手にやっていてどういう構造になっているかわからないから、もう面倒を見ない」と言われていました。
しかしそこで、IT部門に対して「デジタルマーケティングは、マーケ、オペレーションといった垣根を超えて取り組む必要があるから一緒に考えよう」と訴えました。
福田:マーテクとITの特性の違いが浮き彫りになるなか、協業にこぎ着けたわけですね。
中野:ただ説得するのではなく、ベンチマークしている他社の研究内容や、自らユナイテッド航空にノッキングして調査した内容を説得材料とすることで、色々な部門と一緒に戦略・基盤導入などを検討することができました。
活きたのは過去に積み上げたネットワーク
――ANA Xの立ち上げ後は、どのようにデータ活用を推進されてきたのでしょうか。
中野:設立後も数年は、航空・旅行・ノンエア、それぞれの組織でコミュニケーション機能が分散していたのですが、2019年に一部の機能の統合を進めました。
それによってそれまでバラバラだった、Cookieベースのパーソナライズとモデリングでのパーソナライズオファー機能が統合、カスタマーエクスペリエンスも統合化され、また航空券の販売、ノンエアで扱っているふるさと納税や会員に関するビジネスなど、商材を超えた顧客とのコミュニケーションも可能になりました。

中野:これによって、データを使ってマネタイズすることの説得性もかなり上げられましたね。「この施策を実施することで、これだけの増収効果が出るんです」という説明ができるようになりました。
山上:その実現って、並大抵のことではないですよね。各組織をまとめるには、要所に理解者を獲得できたことが大きかったのではないですか?
中野:過去に積み上げてきたネットワークが役立ったのだと思います。色々なキーパーソンとコミュニケーションを取れる状況がつくれていましたから。とは言え、「こんなことをしがないマネージャー独りにやらせるんですか!」と上司に弱音を吐いたこともありましたが(笑)。
ANA Xに分社化したことで、比較的その中で決裁が回せるようになってスピードが格段に上がりましたし、チャレンジしやすい環境ができたのはエポックメイキングなことだったと思います。