新しいスキルをつかむための異動はあり
――ここまでは井上さんの目指すグローバル×マネジメントに関する話が多くなりましたが、一方で特定領域のプロフェッショナルとしてキャリアを築いていきたいという方向けのアドバイスはありますか。
「市場の定義」がまず重要ということは基本的には同じです。ただ、プロフェッショナルの場合は市場の変化がよりダイナミックだと思います。たとえば、今はデジタルマーケティングの専業組織やエージェンシーも存在しており、デジタルマーケターに関する人材市場が確かに存在します。
そのため、デジタルに特化したスキル形成をして、その市場で求められる人材を目指すのも一つです。一方で、企業のコミュニケーションがどんどんスルーザラインになるなか、「デジタルマーケター」の人材市場は今後縮小していく可能性もあります。そうなると、クロスメディアのコミュニケーションを考えられるようになるために、デジタル以外のメディアを取り扱う部署に社内異動するのも一つです。
――社内で新しいスキルを身に付けるために異動するというのも、キャリア形成の一つの選択肢になるわけですね。

転職はその時点でのスキルしか評価されないので、自分を売り出していく市場を見直すのであれば、多くの場合社内での異動を検討したほうが良いと思います。きちんと貢献していて、「辞めてほしくない」人材になれていさえすれば、異動の相談にも応じてくれるのではないでしょうか。このように「自分を売り出していく市場」を意識できていないと、高い給料の企業のオファーが来ればすぐに転職してしまう、ということにもなりかねません。すると短期的には良いかもしれませんが、中長期的には本当に必要なスキルの構築が進まず、結果的に良いキャリアの形成につながりません。
市場選びは「分母の大きさ」を意識する
――ちなみに、井上さんは市場の定義の見直しを定期的に行っているのでしょうか。
常に市場の大きさは意識しています。「グローバル」ということを意識しているのも、市場規模が大きくキャリアの可能性が広がるためです。実際にオファーにおける給料の競争も良い意味で激しくなりますし、仮に国内で仕事がなくなっても海外で仕事を探すことができたりするのは安心材料です。
商品やサービスの市場を評価するときは、市場の大きさや成長率をチェックしますよね? そこに、自分たちの強みが活かせるか、を掛け合わせて考えます。転職やキャリア作りでもこれと同じ思考回路が必要だと思います。
――複数スキルを組み合わせて、独自性の高い人材になろうとする動きがある気がします。それは問題だということでしょうか。
バランスが大事なので、スキルの独自性も市場の大きさもどちらも大事なんですが、独自性に偏った結果そのスキルの組み合わせに需要がないというケースもあります。たとえば、アンモナイトの鑑定ができるプログラマーは非常に独自性は高いと思いますが、そういったスキルや経験を求める人材市場はおそらく存在しないでしょう。独自性を磨く前に、その独自性には市場があるか、ということをしっかりと考える必要があります。
意思決定したいから事業会社へではダメ?
――MarkeZineが2019年に行った調査では「転職したい業種」としては「事業会社」が68%と圧倒的に人気でした。私がキャリアに関する話を聞いていても、「意思決定ができるから」「より深くブランドに入り込めるから」と支援会社から事業会社に行きたいという方の声を聞きます。これについて、井上さんはどう思いますか。

これも市場をきちんと定義した上で考えたほうがいいと思います。ブランドサイドのマーケターであることが、自身の市場価値を高めるとは限りません。ジョブローテーションなどがあり外から人材を調達する機会が少ない=市場が小さい事業会社側より、一層市場が大きい支援会社側で自身の価値を高めることを考えたほうがいいケースもあると思います。
また、「意思決定がしたいから」という理由に関しては、求人する企業からすれば、意思決定をした経験がない人に意思決定を任せるのは躊躇すると思います。支援会社の中にいながら事業会社側の意思決定に入り込むなど、それに値する経験を積めば採用される可能性は高まるでしょう。