課金提案で見えてきた、経営陣のインサイトと予算の問題
支払いをお願いするようになると、基本的には経営陣への稟議が必要になる。ここで庄田氏らは、人事担当者だけでなく経営陣にも納得してもらえる導入理由を示すことが必要になると痛感した。リリース時の反響に反して思うように売れず、経営層から出てきたのは、「自動化できたとして、空いた時間に人事担当者になにをしてもらえばよいのかわからない」そして「いい採用ができるなら欲しいが、自動化だけなら導入しにくい」という率直な声だった。
「このタイミングで、やはり採用成果を出すことにコミットする必要があるということ、そして自動化の先にある、『人事の方々のあるべき姿』が提示できないといけないのだという学びを得ました。ソリューションはフィットしているものの、マーケットがないという状態だったのです」(庄田氏)
さらに、当時多くの企業は採用管理システムの予算を確保しておらず、あったとしても人材獲得フィーのみだということが見えてきた。そのため市場自体を創造する、つまり「企業の勘定科目を1個追加する」(庄田氏)ためにはどうすればよいかを考え、実行することになった。
考え抜いた独自のコンセプトが業界に浸透
同社のプロダクトは人材や人材情報を提供するものではない。その立場からどのような貢献ができるのかを社内で突き詰めて議論し、「採用力向上」に貢献するという方向を見出した。庄田氏は日本の採用は特にジョブ型の採用に課題を抱えていると見ており、専門職の採用をサポートすることに的を絞った。
「たとえば、優秀なエンジニアを採用するには社内のエンジニアが採用活動にコミットすることが大切で、人事が主体となって現場との協力関係を作る必要がある。それを実現できるようサポートしたい。こういった現場と採用活動を作っていく考えを『全社員参加型採用』というコンセプトに落とし込んで商談するようにしたのです。すると受注率が高まり、このコンセプトは受け入れてもらえるかもしれない、という感覚が生まれていきました」(庄田氏)
予算を得るためのロジックも組み立てた。プロダクトの導入で、エージェント経由で採用していた部分をリファラル採用に移すことができたら、1人当たりどれくらいの費用削減につながるか、経済価値を具体的に示したのだ。
そしてあるピッチイベントに参加した際、アドバイザーの一人にアドバイスをもらったことで、「全員参加型採用」のコンセプトにさらに磨きをかけることになる。
「良いコンセプトが製品導入に効いている例は多くある。そういったマーケティング効果を狙うならば、『全社員参加型採用』ではなく、それをもっとわかりやすい、あなたたちの独自のキーワードにしたほうがいい、とフィードバックをいただいて。すぐに社内でアイデア出しを行いました。『エンプロイーリクルーティング』や『自律駆動採用』といった言葉など、さまざまな案がありましたが、最終的には『スクラム採用』に決めました」(庄田氏)
「スクラム採用」という言葉は使い始めてから数週間で、業界に広がりを見せた。LPを変更し、スクラム採用に関する記事を投稿していると、「スクラム採用を謳うコンサルティングの会社が知らないところで生まれ、HR系のメディアがこぞって『スクラム採用とは』という記事を書いてくれた」(庄田氏)。予想以上の広がりに嬉しさを感じたものの、それが同社のプロダクトに紐づく言葉であるという状況を維持するため、まず商標を取得し、「スクラム採用」を名乗るものの内容を確認して、HERPの商標であることを明記してもらうよう交渉するなど動いてきたそうだ。

強いコンセプトはマーケティング効率も上げる
「スクラム採用」のコンセプトはマーケティング上のメリットももたらした。メッセージングを統一することがコスト削減につながり、スクラム採用という思想に共感した企業や担当者のリードが集まるようになり、ナーチャリングもスムーズになった。
「まずはコンセプトをフィットさせる。そのコンセプトをベースにマーケティングして、SaaSとしてのセールスを行う。この順番で進めると驚くほど効率が良いことがわかってきました。そのためセールスサイクルにおいても、コンセプトをしっかり理解いただいた上で、スクラム採用の実現のために導入いただくというプロセスを徹底しています」(庄田氏)
一方で、機能開発との兼ね合いには悩むこともある。たとえばスクラム採用のための開発と目の前のユーザーが要望する開発、どちらを優先して行うか。また、ユーザーが望んでいるがスクラム採用を阻害しかねない要望をどう扱うのか。「社内で落としどころを話し合って決めるというのが、難しくなりがち」と庄田氏は明かす。