適切な数値を捉えるセンス「概算力」を身につける
――今後も新しいテクノロジーは登場してきますが、それを応用力でキャッチアップする感度や知識があれば、自身のスキルと掛け算ができるようになる。
西井:そうです。その上で、正しいKPIを設計すること、概算力を持つこと、そしてアジャイルな組織のためにGAなどのツールが使えることは、事業を作っていく上で欠かせないスキルです。概算力とは、相場観ですね。簡単に言うと、駅前の居酒屋チェーンで食事をしたとき、一人単価10,000円だったとする。このとき、「おかしいな?」と気づけるかどうか。
――その事象に適切な数値を理解しているか? ということでしょうか。
田岡:はい。私は「相場観」という言葉をよく使いますが、相場観がないと、ビジネスの伸びしろがどこにあるかわからないんですよ。たとえKPIの組み合わせを理解していても、新規向けと既存向けそれぞれのLPでCVRの相場観の違いを知らなければ、どちらに伸び代があるかわからず、施策がズレてムダな作業をすることになります。イシューを分解するようにKGIを分解し、KPIを設計して、KPI数値の相場感を持って施策の優先順位などを決め、実践していくことが重要です。
西井:そして実践では、スピーディにひたすらテストをしていく。昨日はLINEを運用していたけれど、今日はInstagramをやらなきゃいけないというケースは往々にしてあるわけで。だから、GAなどのツールを使えてファクトをすぐに掴みクイックに動ける、アジャイルな(柔軟な)組織体制が作れるかは大事ですね。

データだけ見ていても仮説は出てこない
――田岡さんは、現職の日立をはじめとして、ナチュラルローソンやニトリなど、リアルな接点を持つ企業でのご経験も豊富です。一方で、生粋のデジタル出身マーケターも増える中、あらためて重視してほしいスキルはどんなことでしょうか?
田岡:デジタルかどうかに限らず、ユーザーインサイトの理解は何十年経っても変わらないマーケターの必須スキルです。マーケターが新しい商材を扱うとき、ユーザーの行動に関してまずはぱっと仮説が出せるかは重要ですね。例えば、今お客さまが家電を買い換えるタイミングをご存じですか?
――量販店で新製品を見たり、セールのタイミングなどでしょうか?
田岡:実は、壊れないと買い替えない人が今は多いんです。かつて液晶テレビが出たときは、皆さんその薄さに感動して、壊れていなくてもこぞってブラウン管から買い換えたものですが、今は家電のコモディティ化が進み、そのような消費行動ではありません。
でも、洗濯機や冷蔵庫などは壊れたら即困るので、すぐに納期が確認できて手配もできる量販店へ行ってその場で決めたりしますよね。つまり、カスタマージャーニーが非常に短いんです。このようなユーザーインサイトをイメージできるかが、マーケターには大事ですし、この本質的な武器がなければ、どんな知識を身につけても活用できません。
西井:田岡さんがニトリでECの責任者をされていたとき、店舗送客広告に予算を投資されているんですよね。普通は、ECの告知をすると思うでしょう? でも田岡さんは、「まずはECより店舗に行くよね」と仮説を立てたんです。その仮説が導かれるファクトを集めていらっしゃったし、実際に店頭に立ってお客さまの行動を追っていたからこそだと思います。結果、店舗広告のおかげでLTVが伸びて、ECの売上げも上がっています。
田岡:あえてデジタル出身のマーケターへメッセージをするなら、リアルな商売に触れることは大切ですね。ニトリ時代に、PCとスマホのアクセス数を見ていたときに、日曜日の夕方にPCのアクセスが多いことに気づいたんです。それを僕は、「家族会議ではないか?」と仮説を立てました。
週末に夫婦で家具を見に行って、決めきれなかった。候補を絞って「どうしようか」と家族会議するときは、スマホじゃなくて画面が大きいPCのほうがいい。実際にお客さまと接して、ECと店頭を行き来している実感を持ったから、仮説が立てられるんです。データだけ見ていては、仮説は出てきません。
西井:仕事だけでなく、「自分は今○○のユーザーである」と意識し、ユーザー体験を重ねることも顧客理解へ繋がっていくと思います。また、旅行もおすすめです(笑)。いつもと違う環境に身を置き、価値観の異なる人たちと交流する。自分と考えが違う人の存在に気づくと、仮説の幅も広がりますね。