※本記事は、2021年7月25日刊行の定期誌『MarkeZine』67号に掲載したものです。
存在感を増す「Amazonネイティブブランド」
拡大を続けるAmazon経済圏。その中で存在感を増すのが「Amazonネイティブブランド」だ。AmazonのECサイトに特化した「サードパーティ・セラー」の一形態で、いわゆる大手ブランドのECやD2Cブランド(DNVB)とは異なる。
サードパーティ・セラーがAmazonのECサイト内で占める売上比率は、Amazonによる直販よりも大きく成長し、全体の6割を超える。Amazon全体のGMV(流通取引総額)は世界で約50兆円の規模(4,750億ドル)なので、サードパーティ市場は約30兆円の規模である(出典:marketplacepulse.com)。
既に米国ではこれらのAmazonネイティブブランドのM&A市場が進化し、「Thrasio」、「Heyday」、「Perch」、「Boosted Commerce」などの「Amazonビジネス・アグリゲーター」が登場している。2021年3月にはその内の1社「Thrasio」が日本法人を設立し、日本でもその事業モデルへの注目度が上がった。
「Thrasio」モデルの魅力は「売上の向こう側」
「Thrasio」は2018年に米国で創業。Amazonに出店する「セラー企業」から成長株を見つけ出し、買収し、成長させてリターンを得ている。自社がAmazon上で日々の事業を通じて蓄積する「膨大なデータ活用による需要と供給の予測」から「狙える製品カテゴリー」を導き出す計算式をもっている。投資銀行の出身者も参入し、さながらミニM&Aの開拓期だ。
買収したブランドに同社のAmazon市場での成長ノウハウを注入すれば、予測どおりに急成長させることを可能とする。頭脳(データ蓄積・スクリーニング予測)と手足(マーケティング・販売)の両方を組み合わせて、安定した高成長を叩き出す。
気づきたいのはThrasioモデルの魅力が「ノウハウ提供による売上増加」だけではなく、さらにその向こう側にあることだ。売上をノウハウで自動増加させれば、比例して「企業価値が増大」し、売却価値の増大につながることが「飴玉」なのだ。
たとえば、「繰り返し使えるギプスカバー」のようなニッチな商品を販売するAmazonネイティブブランドがあったとする。この事業の年間のEBITDAが1億円だった場合、Thrasioは2〜4倍の倍率(2〜4億円)で買収をする。
買い取った事業をThrasioのオペレーション上に乗せれば、蓄積したノウハウを元に1〜2年もあれば売上やEBITDAを2〜5倍に押し上げる算段をもっている。利益が伸びれば企業の売却価値も比例して伸びる。上記の例ならば2億円の投資で買収した企業ならば、2年で4億円〜10億円の資産に成長する、というイメージだ。
筆者はこれを「飴玉」手法の一つとして「未来価値の前借り」と呼ぶ。買収したAmazonセラーのビジネスの未来価値を増大させて、現在価値に換算して売却にて引き出す。そして「前借り」できた売却金をさらに未来に向けて再投資する。
EBITDAとは、Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortizationの略。税金、減価償却費、利息支払い前の利益で、スタートアップ企業の営業実力を測る利益としてM&A時によく使われる。