社内の受け止め方にも徐々に変化が
中期経営計画でデジタル戦略への注力、多様性を受け入れる環境作りを掲げていることもあり、全社的に「価値観を変えていこう」という機運が高まりつつあるという。しかし、オウンドメディアを立ち上げた当初は、社内で厳しい目を向けられたこともあった。「『外部から来た人間が何をしようとしているんだ』と思われていたところもあったかもしれない」と清水さんは振り返る。攻めた内容について、ユーザーから戸惑いの声が届くこともあったという。
清水さんが語る編集長の役割の一つとは、怒られ役に徹すること。「怒られながら、『ここまでならば怒られない』というラインを少しずつ広げていく」(清水さん)。そうしながら、ライターが「これをやりたい」と持ち込んでくれた企画が実現できるよう調整。そうして、熱量の高い記事が次々と公開されていく。
しばらくすると、実店舗で「メディアを見て商品を探しに来た」というユーザーが現れ始めた。ユーザーの声が大きくなるにつれ、店舗からも「この商品を取り上げてほしい」という要望が増えてきたという。今では社内のメンバーも記事を書くようになり、社内コミュニティの形成にも活用されはじめている。
同メディアは「社内で培われた知識の展開」「地域ユーザーへの貢献」の役割も担っている。同社には、さまざまな専門知識を持つ人材が多くいる。しかし、知識を展開するプラットフォームがなかったことが課題だった。また、各地域で展開している店舗には、何かしらの課題を持って訪れるユーザーがほとんどだ。同メディアで社員が専門知識を発信することで、ユーザーの課題解決を図ることができる。新型コロナウイルスの影響で社員への取材が難しい状況が続くが、状況を見ながらノウハウを紹介するコンテンツを増やしていきたいとしている。

今後のビジョンは「リアルとデジタルの融合」
清水さんは、「いろいろ物議を醸したこともあったが、オウンドメディアが社内変革のための議論の活性化に結び付いている」と手ごたえを口にする。その上で、「社長の言葉でもあるが、大切なのはDXではなくCX。コーポレートトランスフォーメーションだ」と力を込める。社内の一部部署がデジタル化しても意味がない。同社の店舗では、売り場案内機能を持ったロボットの活用や、社員やユーザーが商品の売り場や在庫数を確認できるアプリを導入するなど、全社を挙げてデジタル化に向けて進んでいる。
清水さんは今後の構想として、「リアルとデジタルの融合」を描いている。同メディアの目的からも分かるように、オウンドメディアはあくまで会社のデジタル化の土台を作るためのものだ。全社的なマーケティングスキルの底上げや新たなビジネスモデルの構築もミッションにしている。米国の大手スーパーマーケットチェーン「ウォルマート」は、独自のデータを活用した広告事業を始めており、店舗のディスプレイで広告を表示している。カインズも8月、POS(販売時点情報管理)データをメーカーなどに販売する新事業を始めた。今後は全世界で「リアル店舗のメディア化」が進んでいくと予想される。「社内のリアルとデジタルが分断されている部分がまだまだある。『となりのカインズさん』の役割は、そこをつなぐことだ」。清水さんの言葉から、オウンドメディアの新たな可能性が見えてくる。
【取材・執筆担当】クマベイス 山田太一
エディター、コンテンツマーケティングコンサルタント。産経新聞記者、人材採用広告会社の営業を経て、クマベイスに入社。クライアントワークにあたるとともに、コンテンツマーケティングやコンテンツ戦略の海外事例を研究する。熊本県出身。
山田氏が海外の様々なコンテンツマーケティング事例を解説する「海外コンテンツマーケティング探訪~業界横断で使える「型」を手に入れる」はこちらから!