データの特性や課題を踏まえてこそ、活路を拓くことができる
近藤:オンワードグループではデジタル戦略の核として「データ活用」を位置付け、積極的に取り組んでいます。この部分で酒見さんが考える課題、施策について教えてください。
酒見:オンワードは古くから「IT化」に取り組んできています。そこで蓄積されてきた「データ」を利点として活かすために、「マスタの整備・考え方の転換」が重要だと実感しています。
たとえば百貨店の本館・別館に出店する際、本来ユニークであるはずの店舗IDが同一IDに階層的にぶら下がるケースがあります。データ分析を行うためにデータを頑張って整備しているのですが、成型するコストがかかるし、歴史を知る属人的な知識が必要になってしまいます。
古き良き仕組みを熟知しつつ、データの粒度をそろえて、「データで判断を促す」「データで意思決定する」という活用を行うには「マスタのあり方」への根本理解が必要だと感じています。
近藤:そこは基幹システムを「商品」を軸に組み立てた部分、「流通」を軸に合わせた部分と、「顧客」起点に立ったシステムのあり方の3つを実現しようとした際に見える課題なのでしょうね。
酒見:おっしゃるとおりです。オムニチャネル化で難しいのが、「購入の認識の違いがある」という問題です。店舗の場合は「レジ通過」で、卸の場合は「出荷」です。ECの場合、「お客様が注文」なのか。それとも「出荷したタイミング」なのか。それだけでリードタイムは1週間くらいずれます。ここに「予約販売」も入ってくるとさらに複雑になっていきます。
酒見:ですので、購買データを使って需要予測をやろうとしても、イレギュラーなデータが多く、正しい判断ができません。この状況を理解せず、何でもAIに分析させれば良いという考えだと失敗します。「データがあれば何でもできる」と思うのは大きな間違いで、データの定義をちゃんと理解し、整理することがとても大切です。
そして「データは噓をつくこともできる」ので真実とは限りません。「この施策は正しかった」という結論を得るためにデータの切り取り方を変えてしまうのではなく、「これはお客様にとって意義があったか」という視点で「データを客観的に据えた戦略」や施策を展開していくことが大切だと思っています。
創業94年、次の100年に向かって推進したいデジタル戦略
近藤:最後に、EC売上高460億円の目標達成とその先の方向性をお聞かせください。
酒見:まずは安定的な成長拡大のために、「これはお客様にとって正しいかどうか」という視点でデータを活用して広告やCRMの精度を地道に改善していくことが最重要です。ただ一方でシステマチックになりすぎることは良くないと考えています。
またオンワードがメーカーであるがゆえにもつ「情報の付加価値」を見出していきたいです。商品のすばらしさ・こだわり、ブランド・作り手の想いをしっかりとデジタルを使って届けていきたいと思っています。
アパレル業界は実は業界専門用語が多く、お客様が理解できないことも多くあります。私もデジタルの出自なので最初はわかりませんでした。こうした中、お客様に寄り添うD2Cブランドも出てきて、消費の多様性が深まっています。これまでのようにブランドへの“憧れの醸成や雰囲気のみの訴求”だけでは勝負できなくなってきました。そのため、無機質なECではなく「商品コメントやタイトル」などをお客様に伝わるものに丁寧に変えていきたいと思っています。
当社の商品の「らしさ」で、「縫製や品質へのこだわり」があります。肌に触れる位置に縫い目がないように気を遣い、厳しい品質テストを繰り返してクリアした商品を提供しています。こういった「こだわり」をデジタルの力で魅力的伝えていくことはこれからの挑戦です。
もう一つ、オンワードデジタルラボという研究開発機関の側面では「データを使った需要予測」には取り組んでいきたいです。正確な需給予測により生産計画が適正化できれば、余剰在庫を防ぐことにつながります。これは仕入れ先・生産者といった様々なステークホルダーにとって望ましい状態だと思います。
このような取り組みが社会課題になっている衣服ロスや環境問題にも貢献できると思いますし、結果としてオンワードのブランド経営の視点でも大切だと考えています。次の100年に向けて、サステナブルな社会にデータを使って貢献できるようにしていきたいですね。
近藤:ブレインパッドでは、過剰な在庫や衣服ロスを解決する仕組みとしてダイナミックプライシングのアルゴリズム開発を行っており、すでにいくつかの通販ブランドと組んで実用化が進んできています。そうした成果も踏まえて、次の100年につながる新しいアパレルのビジネスモデルの推進をお手伝いできるかもしれません。今日はありがとうございました。