顧客管理からエコシステムのデザインへ
――H2Hマーケティングを形成する概念は、デザイン思考とサービス・ドミナント・ロジック、そしてデジタライゼーションと紹介されていましたが(図表1)、この世界観の下では、顧客と企業がそれぞれ固定的な役割を持つ「B2B」「B2C」という関係性が、「A2A(Actor to Actor)」に変わっていくとされていました。
鳥山先生は日本の読者向けの解説において、この変化を「さらりと触れられているが超重要」と指摘していましたが、これまでの考え方とは何が異なり、なぜ重要なのでしょうか。
まずアクター(Actor)という言葉は、スティーブン・L・バーゴ氏とロバート・F・ラッシュ氏が提唱したサービス・ドミナント・ロジックに由来します。サービス・ドミナント・ロジックの2008年版では「事業体」と表現されていた企業が、2016年の最新版では、「アクター」に置き換えられているのです。企業は価値の生産者ではなく、共創プロセスの協働アクターであるという捉え方の変化が反映されています。ちなみに顧客側も「受益者」に置き換えられており、「受益者とは、サービスの現在の受け手であり、価値共創の対象者でもある」とされています。
本書において、A2Aの考え方は、企業から消費者への一方通行とされていたB2Cよりも、むしろB2Bとの共通点が多いと指摘されています。コトラー先生たちはB2Bマーケティングの本質を、その主体「B」は提供する側でもあり消費する側でもあり再提供する側でもあるという関係性と見ていて、このような関係性が今後B2Cマーケティングにも広がっていく、つまり世の中全体がA2A化していくことを見抜いたのだと思います。企業と顧客という二元論では捉えられなくなり、消費者も、ベネフィットを得たり与えたりする主体になる。顧客管理ではなく、このエコシステムのデザイン・改善がマーケターの仕事になっていくでしょう。これを踏まえると、顧客や株主だけではなく、あらゆる関係者を倫理的に裏切らない、人間中心のマーケティングというH2Hのコンセプトをより深く理解できます。
A2Aの具体例
例1
消費者がペイドパブ(記事風の広告)を多用するプリント媒体やメーカーから報酬をもらっている自動車評論家のようになる。企業から商品提供を受けてレビューを行うインフルエンサーなど。
例2
消費者がメーカーから商品を仕入れ(と言っても在庫を持たず)、身近な人に販売。在庫を持たないセレクトショップのようなイメージ。
例3
消費者が自ら商品を開発してクラウドファンディングに参加し、メーカーの新規事業部門のクラウドファンディングに乗っかることで商品開発に寄与する。
――A2Aのコンセプトに近い現象は、既に様々な場面で見られているのですね。この動きに、従来型の枠組みでビジネスをしてきた歴史ある大企業は、どのように対応していけばよいのでしょうか。
大企業はまずは今起きている動きを、つぶさに観察しましょう。そして、自社に取り入れられる点は取り入れていけばよいのです。1960年代に、「ソニー・モルモット論」という言葉を作った人がいました。当時はベンチャー企業だったソニーが新しいものを作ると、大企業である松下電器は、それが消費者に受け入れられるかどうかをつぶさに観察し、自社の製品開発に活かす、という構造を指してそう言ったのです。
ちなみにそのソニーは今、ベンチャー企業の成功例を上手に取り入れて自社の発展に活かしています。たとえばクラウドファンディングです。かつてはそれぞれの部署で決められた仕事をしていたソニーのエンジニアですが、現在はそれとは別に、クラウドファンディングを活用して自分のアイデアをテストマーケティングし、新しい製品を生むことができる環境が整っているといいます。クラウドファンディングという新しい動きを、エンジニアの活性化やマーケットリサーチの精度を向上させる手段として使っているのです。
サービス・ドミナント・ロジックとは
スティーブン・L・バーゴ氏とロバート・F・ラッシュ氏が2004年に提唱したマーケティングの新しい支配ロジック。従来型のビジネスでは、企業はモノやサービスを販売することで価値提供し、顧客はそれを消費するという関係性が想定されていた。これはグッズ・ドミナント・ロジックと呼ばれる。一方サービス・ドミナント・ロジックでは、企業が提供できるのはバリュープロポジションのみであり、価値そのものは顧客と共創していくものと考えられている。これにより顧客の役割や価値創造のプロセスが変わり、アクター間の関係性にも変化が生じる。

図表2 グッズ・ドミナント・ロジックからサービス・ドミナント・ロジックへのシフト『コトラーのH2Hマーケティング 「人間中心マーケティング」の理論と実践』(KADOKAWA)p.116、図2.8より転載。
『コトラーのH2H マーケティング 「人間中心マーケティング」の理論と実践』(KADOKAWA)
