アイデアで大事なのは思考法より無駄話
高橋:信じられる作品に対し、粘りに粘って、できることをすべてやったとしても、それでも必ずヒットするとは限らないわけですよね。どんなに優れた作品でも、オンリーワンの、ある意味振り切ったアイデアというのもヒットには必要だと思うんですが、そのあたりはどう思われますか?
佐渡島:とてもよくわかります! 社会人2年目のときに、キャッチーなタイトルでうんちと体調について書かれた絵本を書店で見つけたときに「私はこれを思い付ける人材に変わらなければ!」って思いましたもん(笑)。
売れるにはそのような驚きの企画を思い付くことが重要です。ただ、アイデアを出す思考法はあるにはあるのですが、真面目にやってたんじゃ本当に売れる企画は思い付かないんですよね。やっぱり一番ひらめきが生まれやすいのは無駄話だと思っています。
出版社には雑談から企画が生まれる文化があって、知的な人が集まっているから、くだらない話と真面目な話を同時にしたり、雑談だと思っていたものがいつしか知的な会話になっていったりするんです。くだらない話って、しろと言われてできるものではないし、仕事中はつい業務の話ばかりになりがちなので、そこはすごいなって思います。
自分の感情の動きを言葉にする
高橋:マンガに限らず、独自性が高くて圧倒的なベネフィットを顧客に提供できることがマーケティングの土台だと思うのですが、独自性のあるベネフィットを考え出せる方はものすごく限定的ですもんね。改善作業からは、そのようなベネフィットは生まれにくいからこそ、雑談が有効というのはよくわかります。
特に今はインターネットが台頭してきて、出版の本質だった流通が弱まっているだけに、コンテンツそのものだけでなく、関連商品やマンガができるまでのストーリー、作家の人格なども価値を有するようになってきていますよね。だからこそ、分析や市場調査では出てこないところに切り込む独自性というものを見つけていかないといけないのかなと思います。

高橋飛翔(たかはし・ひしょう)
1985年生まれ。東京大学法学部卒。大学在学中にナイルを創業。
ナイルにて、累計1,500以上の法人支援実績を持つデジタルマーケティング支援事業や自社メディア事業を発足。2018年より新規事業として月1万円台でマイカーが持てる「おトクにマイカー 定額カルモくん」をローンチ。自動車産業における新たな事業モデルの構築に取り組んでいる。
佐渡島:そうですね。そのためには、雑談で自分の感情を話すということも重要だと思います。たとえば結婚した中で幸せを感じたエピソードを話すのに、多くの方は「結婚式」とか「披露宴での花嫁の手紙」と言うんですね。でも、実際に結婚の幸せを実感しているのはそのようなシーンではないじゃないですか。
それなのに、日常生活で自分の感情が動いたときのことをうまく記憶していなくて他人に説明できないから、ステレオタイプな表現になってしまう。
その点、雑談を繰り返すと感情を含めた日常がストーリー化されるから、日々の感情を記憶する練習にもなるんです。マンガはそこに感情を込めるものだからこそ、常に自分の感情の動きを考えて言葉にできることが、ヒットにつながる企画を生み出すフックになるのではないかと思います。
独自性の高いヒット作を生み出すには「人の話は聞くな」
高橋:普段からあらゆることに好奇心を抱いて、自分なりの感情で受け止めて考え続ける習慣があるからこそ、独自のアイデアを思い付けるんですね。
佐渡島さんのお話を伺っていて、常に考えを言葉にすることやステレオタイプに染まらないことが、オンリーワンひいてはヒットを生み出す上での土台になるんだと改めて思いました。
佐渡島:マーケティングでは、顧客をはじめ「人の話を聞け」と言いますよね。でも、創作する際は「人の話は聞くな」だと私は思うんです。
なぜかというと、人の話はその人にとっての正解でしかなくて。一方で、創作は正解探しではないので「人の話は聞くな」になり、しいて言えば「自分の話を聞くことが大切」だと思います。
ただ、身体にしても感情にしても、みんな自分の話を全然聞いていないんですよね。だから、そもそも他人の話を聞けていなくて、ただ他人が持っている正解を教えてもらおうとしてしまう。
自分の話を聞くのがうまくなれば、人の話を聞いたとしても他人の正解と自分の考えの差が知りたくなるから、本質的な質問が思い浮かぶ。他人に正解を求めるような質問をしなくなることで、結果として、自分の感情が動くところからアイデアを生み出せて、ヒット作を作れるようになるんだと思います。
高橋:なるほど。自分の感情に敏感になって、自分が欲しいものとか、自分の心が動く瞬間とかに対して、自覚的になったほうが、結果として生み出せるのかもしれないですね。
ここにマーケあり!
・自分の感情を言葉にしたり、内省したりすることで「改善」からは生まれない独自のベネフィットが見つかる可能性があり、そのために雑談を大切にする文化が出版社にあったというのは驚きでした。
・自分のことをよく知ることで、他人と自分の違いを知りたくなり、それが本質的な質問や好奇心につながって、人から教えてもらった正解ではなく、自分なりの独自の視点でアイデアを生み出すことがこれまでにないヒットを生む。佐渡島さん自身も、南アフリカで過ごした学生時代にこんな受験本があったらというご自身の心の声が、独自の目線・アイデアのひとつになり、『ドラゴン桜』をヒットに導いています。