リアル店舗の価値を定義し直す
今回紹介する書籍は『リアル店舗は消えるのか?流通DXが開くマーケティング新時代』。執筆陣はリテールAI研究会で活動するメーカー、卸売業、小売業の実務担当者です。
2017年5月に発足したリテールAI研究会。「新しい買い物体験実現のため、流通業界をAIで変革する」という目的を掲げ、DXの推進に向けて活動する組織です。製造・配送・販売の垣根を超えた100社以上の正会員に対して勉強会を開くほか、実証実験なども行っています。
本書は「流通業のDX」「データ活用環境の整備」「テクノロジー活用による新しい買い物体験」の3章で構成されています。1章では、アマゾンをはじめEC専業企業の勃興が小売業に与えた影響と、小売業の生存戦略を解説。2章ではデータ活用の具体的な方法を指南し、3章では米国から日本にも徐々に浸透し始めている小売の新形態を、事例とともに紹介しています。
1章を担当したリテールAI研究会の田中雄策代表理事によると、これまではリアル店舗固有の価値であった「お客様と商品をマッチングさせる」という役回りが、ECプラットフォーマーに徐々に取って代わられようとしています。そんな状況において、小売企業はリアル店舗にどのような価値を見出せばよいのでしょうか。
リアル店舗は“宝の山”?
田中氏は「EC、なかでもアマゾンの登場は業界の景色を一変させた」と振り返ります。コロナ禍による非接触ニーズの高まりが企業のデジタル化を加速させる中、アマゾンは2016年に無人店舗の「Amazon Go」をオープン。アマゾンに限らず「EC専業の企業やD2C企業がリアル店舗を出店する話は昨今よく耳にする」とのことです。
EC専業企業がリアル店舗に挑戦する最大の理由は「リアル店舗が持つ顧客の行動データにある」と田中氏。同氏によると、現状のECでは顧客の購買姿勢、つまり「なぜ、どのように商品を選択したのか」という定性的な情報までは掴みきれないというのです。
「実店舗という空間には、店舗に何名で訪問したのか、誰と訪問したのか、隣の商品と比較して購入したのか、急いで買ったのか、ゆっくり買ったのか…そういったさまざまなお客様の行動情報があふれている」(P.55)
「顧客の姿をより立体的に分析し、顧客体験の質を上げたい」と考えるEC専業企業にとって、リアル店舗は“宝の山”というわけです。
データ活用を通じ新たなビジネスモデルの展開を
元々リアル店舗を保有する日本の小売企業に対して、田中氏は「かなり多くの企業がここ数年でDXを推進する部署を新設し、デジタル化に乗り出している」と評価する一方「長期の生存戦略を描くためには、それだけに満足していてはいけない」と忠告。重要なのはDXを通じ、新たなビジネスモデルを構築することだといいます。
小売企業がDXを通じて新たに築いたビジネスモデルとして、本書では以下の3つを取り上げています。
・情報システムの外販
・金融業
・広告業
金融業においては、楽天やアリババなどの大手ECプラットフォーマーに加え「セブン&アイHDとイオンの進出が目立つ」と田中氏。セブン&アイHDでは営業利益の9.7%を、イオンでは35.4%を金融関連事業が占めているといいます(いずれも2022年2月期)。
広告業の例として、店頭のサイネージやアプリに広告を掲載し、メーカーなどから広告費を得るビジネスモデルを挙げています。海外では2021年にウォルマートが広告プラットフォーム事業をスタート。田中氏によると「日本でもリテール広告市場が成長する可能性は高い」とのことです。
1章の結びとして、田中氏は次のように述べています。
「先進的な小売業はどんどん(新たな技術の)導入を進め、失敗と成功を繰り返しながら進化を続けている。〈中略〉しかし社会全体が大きな変化に直面しているこの2020年代、手をこまねいてみているだけという選択肢はありえない」(p.74)
今後はリアル店舗が持つデータ収集の“場”としての価値こそが、小売ビジネスの肝になりそうです。小売業の新たな勝ち筋を見出したい方は、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか?