マーケティングは経営を顧客戦略で補完する
では、「顧客戦略(WHO&WHAT)」を用いて、経営が投資と財務結果の間をどう結びつけることができるか、そこにマーケティングはどう介在するかを解説します。
次の「顧客起点の経営改革」フレームワークで、左端は経営対象として経営者が見ている要素です。新規顧客の獲得と既存顧客の維持・育成への投資、そして開発やバックオフィスへの投資を挙げていますが、ここにはおよそ「顧客の心理」が範疇にありません。また、右端に記した売上や利益からなる財務結果も、経営者が常に注視している項目です。
ここで強調したいのは、多くの経営者にとって、間にある顧客の行動と心理、特に心理はブラックボックスになっていることです。顧客の具体的な行動と、その背景にある心理を、精緻な顧客理解に基づく「顧客戦略(WHO&WHAT)」の立案によって補完する役割を担うのが、マーケティングなのです。

どういったニーズのある顧客層に対し、どのような便益と独自性を持つプロダクトを提案すると「価値」を感じてもらえるのか。つまり、お金を払ってでも入手したいかを見極め、その訴求を実践することで顧客数や単価や頻度が向上する。この仮説をマーケターは明示化し、経営者に伝える必要があります。そうすることで、経営にマーケティングの観点が加わり、顧客が視界に入って財務結果とつながっていきます。
どうしても、マーケターは「何をするのか」という手法の話、HOWの話を求められがちです。テレビCMやWeb広告などのすべては手法に過ぎず、マーケター自身もそれらにフォーカスしがちですが、本当に考えるべきは「どのような顧客戦略を実行するのか」であり、そのためにHOWがあります。WHOとWHATを抜かしてHOWが先行すると、効果検証ができず、結果として経営にマーケティングのインパクトを示せなくなります。
経営へのLTV実装に向けてできること
最後に、顧客が各セグメントをどう動くかを可視化する「顧客動態(カスタマーダイナミクス)」と、経営へのLTV実装について触れておきたいと思います。
5segsや9segsで顧客がどのような動きをするのかを「顧客動態」と称し、新著で詳説しました。顧客が一様ではないので、当然ながら顧客戦略も複数あります。それぞれの顧客層で、どのような価値が成立“しうる”のかを見極め、投資を最適化していくのが「カスタマーダイナミクスを使った顧客戦略の運用」です。
ひとつ事例を紹介すると、私が以前からご支援しているアソビューさんでは、レジャー予約サイト「アソビュー!」などの各事業がコロナ禍により厳しくなった際、ニーズや価値観が変化した顧客層に向けても提案を講じてV字回復を遂げました。同社はBtoCだけでなく、レジャー施設向けに予約システムを提供するBtoB事業も展開しており、そこでも時間指定予約の機能といった新たな便益を開発・提供しました。
以下は、5segsのカスタマーダイナミクスに、アソビューの複数の顧客戦略を当てはめたものです。三角形の内部の数字は、1のロイヤル化と3の新規獲得は「成長ルート」、2の離反層の再顧客化は「復帰ルート」を表します。一方、4は離反への移行で「失敗ルート」といえます。その可能性のある顧客をつなぎ留める策も講じました。

そして、カスタマーダイナミクスにおける3種類のルートでLTVを考えることができます。顧客数が増えても、LTVが向上するわけではありません。新規獲得と離反の復帰は、あくまで顧客数の増加であって、いくらまで獲得にコストをかけられるかという「限界CPA」を常に意識する必要があります。この原資は、ロイヤル顧客・一般顧客の「単価」か「頻度」向上でしか得られないのです。すなわちこの2点を突き詰めることでのみLTVは向上し、限界CPAの引き上げも可能になります。
この構造を理解し、より上位セグメントへの顧客の引き上げを推進することで、マーケティングは「経営へのLTV実装」を助けることができます。顧客起点の考え方をもとに、LTVの意味合いやインパクトに関しても議論を重ねていただけたら幸いです。