2つの課題のギャップから見える、価値創造のヒント
有園:それは確かにデジタルの特徴ですが、残念ながら、デジタル広告に関わる全員がそのマインドをもっているわけではないですね……。
安藤:確かに「いつまでも運用をやっていてつまらない。もっと素敵な仕事がしたい」と多くの運用担当者が思っているかもしれません。ですが、そこにこそ価値創造のヒントがあります。
有園:そうですね。
安藤:2つの課題があるわけです。伝統的な総合広告会社側は、自分たちが価値を規定していると誤解している面がある。一方でデジタル側は、マーケットや生活者と向き合い、何が求められるかを追求できる環境で、だけども非常に激しい競争下でもがいている部分もある。
有園:つまり、価値とはともに作っていくもので、一方的に誰かが決められるものではない。だから企業や広告会社が価値を決めて、それを世の中に届けるというアプローチは、本来のマーケティングではないということですよね。
少し飛躍しますが、マルクスの資本論の第1巻の注書きに「ペテロがペテロになるためにはパウロがいて、その関係性の中で初めてペテロになる」とあるのを思い出しました。価値形態論です。人間のアイデンティティが他者なくして確立できないのと同様に、商品も商品群の中に置かれ、貨幣との関係性の中で、相対的にしか価値は決まらない。安藤さんがおっしゃっているのは、そういう話なのかなと。
一方でデジタルでは、たとえば20代女性に刺さると考えた商品に、20代女性に刺さるであろう広告クリエイティブをのせてターゲティングしたら、実際には刺さらなかった、ということがある。そこで、想定していた価値は受け入れられなかったのだと考えて、修正をかけ、いわゆる運用をしていく。ここに本当の価値創造のヒントがあるということですね。価値は、固定的に発信するものではなく、常にダイナミックに変化するものだと。
安藤:その通りです。
生活者側の変化が、新たな価値を創造する
有園:ユニクロの仕事をしていたときに、2月13日がWebサイトのコンバージョンレートが最も下がるとわかって、「ユニチョコ」といってチョコレートの販売を提案したことがありました。僕の仮説では、ユニクロで買い物をするユーザー層のウォレットシェアがバレンタインのチョコレートにもっていかれるんだろうと。結局この提案はボツでしたが、こうしたインサイトから提案することで、価値共創の契機になる。そういうことですよね。
安藤:そうですね。また、今の話は企業側だけでなく、生活者側で起こる変化でもあると思うんですね。衣料品店でバレンタインチョコを買おうと思ったことのある人はいないでしょう。でも、生活者もそこで何か価値を見つけるんですよ。そのお店やブランドの価値、あるいはそれを買って誰かに渡すことでその人との関係性が変わることの価値、それは送り手側からの提起がなければこの世に生まれなかったかもしれない。そういうことが、本当の「価値創造」だと思うんです。
有園:確かに。
安藤:それをブランドや店舗の担当者は、もちろんやってきました。でも日本企業は、それが「マーケティングである」ということをなかなか認識できずに来たんじゃないでしょうか。そして、ここ十数年のデジタル環境で徐々に気づき始めた。
有園:なるほど。デジタルが伸びてきた理由は、実はマーケティングの価値創造を一部の人たちがしてきたからじゃないかと。
安藤:僕はそう捉えています。だから商品の作り方や提供の仕方もソフトウェア化してきているんじゃないかと思うんです。
