モバイル部門のキーワードは「シンプリシティ」
──結局どちらがグランプリを獲得したのでしょうか。
PedidosYaでした。ソーシャルグッドは言わずもがな必要な取り組みです。その取り組みが不十分な企業は生き残りが難しいとも言われています。しかしながら、カンヌライオンズはクリエイティブを称賛するアワードです。その前提に立つと「ルノーの完璧なビジネスアイデアをグランプリにして良いものだろうか」と悩みました。
コストをかけずにたった一通の通知だけで国民のほとんどを味方にしたPedidosYaのほうが、ブランディングとマーケティングに貢献しているのではないか──そう考えた結果、後者を選びました。昨年の私ならルノーをグランプリに選んでいたかもしれませんから、私自身の変化も感じた審査結果です。
──今年のモバイル部門の傾向を教えてください。
今年の審査は「パーパス」「コネクション」「シンプリシティ」という三つのキーワードで表現できると思います。パーパスとコネクションはこれまでにも見られた潮流ですが、注目すべきはシンプリシティです。この言葉は「なるべく簡単でユーザーフレンドリーに」というUI/UXの文脈だけでなく、企画そのもののシンプルさも表しています。
モバイル部門は今年初めてナイジェリアの審査員が参加したり、南米から数多くの応募があったりと、非常に盛り上がっているカテゴリです。実際ナイジェリアでは、スマホによって人々の生活が大きく変わりました。しかしながらネットワーク環境は日本に比べて整っているとは言えません。
モバイルはテクノロジーとセットで考えられることが多いため、リテラシーの高くない人を置いてきぼりにしながら発展をしてきた側面があると思います。しかし、今やモバイルは全ての人のものであるため、なるべく簡単で誰でも使えることが求められているのではないでしょうか。ダイバーシティとインクルーシブが反映されていると思います。
シンプルなUIで物価高や汚職に対抗!?
――田中さんが個人的に印象に残っている作品はありますか。
グランプリを獲ったPedidos Yaの取り組みはやはり印象深かったです。他に挙げるとすれば、カナダの食材宅配サービス会社Skip The Dishesの「INFLATION COOKBOOK」でしょうか。インフレにより食材が買えない問題を解決するために、物価の予測とリアルタイムのデータを組み合わせることで、食材のレコメンドやオンライン購入を可能にするWebサイトです。裏側の仕組みは複雑ですが、UIのデザインはシンプルで、全ての人にやさしい仕様となっています。

ブラジルの「TRANSPARENCY CARD」も好きです。この取り組みは、政治支出の可視化と監視を目的としています。iPhoneにデフォルトで入っているウォレット機能と政治家のクレジットカードを紐づけることで、フォローしている政治家が公的資金を使うたびにプッシュ通知が届く仕組みです。登録するだけで政治家が今日どこで何にお金を使ったかが自動的にわかるこの取り組みは、まさにシンプリシティの言葉で表現できると思います。