今必要な「パーセプションチェンジ」と「インサイト」というフィルター
事業コンサルティング、マーケティング戦略設計、調査、そしてコミュニケーション(PR、広告、店頭販促など)領域の戦略設計から実施まで一気通貫で行うエージェンシー「インテグレート」。CEOの藤田氏は味の素を経て、1997年にキシリトールを日本に初めて導入し、素材メーカーの立場からキシリトールブームを仕掛けた人物だ。2007年にインテグレートを設立し、プロモーションやマーケティングだけでなく、商品開発、製品開発、事業開発に加え、特に最近はウェルビーイングをテーマとする新規事業立ち上げや既存事業の見直しを通して、多くの企業を支援している。
マーケティングにおけるコミュニケーションプロセスは、よくマーケティングファネルの図で説明される。まずはリーチして、認知、記憶、接触を経て購入に至る。このプロセスで顧客の絞り込みがなされるため、購買を増やすには、いかに効率よくリーチを増やして認知を取るかが重要だと考え、長らく日本ではテレビCMを中心とし、最近ではデジタル広告なども活用した認知向上を主とした戦略が取られてきた。しかし、それでは徐々に売上が伸びなくなってきた。
藤田氏はこれを鑑みて「マーケティング戦略をどう設計していけばいいのか」と問い直した。そして打ち出したのが「パーセプション(認識)チェンジ」だ。マーケティングにおいて注目すべきなのは、認知ではなく、認識の変化を起こせるプランニングとなる。
「インサイト」という言葉も、昨今非常に重視されているマーケティングキーワードだ。インテグレートのこれまでの様々なマーケティング戦略支援の中で、「欲しい」という意識と、実際に「買う」という行動の間には大きなギャップがあることがわかっているという。
「コミュニケーションプランニングでは“企業のいいたいこと”を伝えていましたが、パーセプションプランニングでは顧客インサイトをフィルターにすることで“生活者の聞きたいこと”に翻訳し、関係をデザインしていく。これを常に重視してマーケティングを考えています」(藤田氏)
ウェルビーイングは「ミクロ視点」で現実に落とし込む
藤田氏は、コロナ禍を経た今のインサイトを見るための視点として「ウェルビーイング」を挙げた。藤田氏自身、朝日新聞デジタル、Forbesなどのメディアでウェルビーイングをテーマにコラムを執筆。ウェルビーイングに関する書籍も2冊出版している。
「ウェルビーイング」の定義を、WHOは「肉体的(フィジカル)にも、精神的(メンタル)にも、そして社会的(ソーシャル)にも、すべてが満たされた状態」と規定している。しかし、三点すべてが満たされている状態になるのは非常にハードルが高い。
特にソーシャル的側面においては、生まれる社会的環境を生活者自身では選べないことにはじまり、日本では災害が多く、世界には戦争もある。こういった状況の中で、藤田氏はウェルビーイングを「どんな状況であれ自分らしく生きていること、自分で生き方を選べること」とした。
「ウェルビーイングにおけるソーシャルには、何となくSDGsのような地球や人類、世界というマクロ的視点のイメージがあるかもしれません。しかし実は、もっとミクロな視点が大事です。人と人との関係、自分と周りにいる人たちとの関係、あるいはブランドと生活者の関係。こういったミクロ視点で満たされていることが、人が幸せになるために重要なポイントです」(藤田氏)
プロダクトをウェルビーイング視点で見直し、成長につなげた事例
ここで藤田氏は「幸せの三段重ね理論」を紹介。この理論では幸せが三段階の積み重ねから成るとしており、下段に心と体の健康があると感じるセロトニン的幸福、中段に人とのつながりや愛情を感じるオキシトシン的幸福、上段に成功やお金に関するドーパミン的幸福があることを示す。藤田氏がウェルビーイングな状態に導く上で重要なファクターとするのは、二段目にある人のつながり・愛によって生まれるオキシトシン的幸福だ。
こうしたウェルビーイングの多面性が見られる事例として「ビール」が挙げられるという。ノンアルコールビールや糖質ゼロビールなどが開発されている背景には、ビールをネガティブに捉え、ネガティブ要素を取り除いた商品を価値として打ち出しているという価値観がある。しかし、藤田氏はこう問いかける。
「確かにビールはヘルシーとはいえないかもしれませんが、飲むと楽しくなりますし、飲みに行くときには人が集まります。それによりドーパミンやオキシトシンが出るので、そう考えると、お酒もウェルビーイングな価値を持つ存在だといえるのではないでしょうか」(藤田氏)
実際に、アルコール商品にウェルビーイング文脈を生かした事例が、アメリカからグローバルに広まっているビールブランド「バドワイザー」だ。彼らは「We exist to bring people together:人々を集めるために、我々は存在する」と掲げている。そして、コロナ禍で人がつながれない状況があった中で、パンデミック初期からバドワイザーを介して人と人をつなぐミッションに沿った支援を行ってきた。
単に「アルコールを提供する」というところから、人が集うことで生まれる「ウェルビーイング価値」へと昇華させてブランドを伸ばした事例だ。
また、過去に美魔女コンテストの初代プロデューサーを務めた藤田氏は、「参加する女性たちはなぜ、より美しくなりたいと思うのだろう」と考えた。直接聞いてみると、その回答から実際の願望に気づかされたという。
「彼女たちがいうには『美しくなりたいわけじゃないんです』と。結婚して家庭を生活の中心としたら、外では『○○ちゃんのお母さん』『◯◯さんの奥さん』としか呼ばれなくなったと話していました。そんな自分の社会的なアイデンティティを、このコンテストを通して取り戻したい。彼女たちにとって美容は、フィジカル的に綺麗になるだけでなく、社会とのつながり、ウェルビーイングを取り戻すための行動でもあるということです」(藤田氏)
これらの事例は、物理的な提供価値とは異なるスコープでブランド、サービスなどを見てみれば、新しい価値を創出できることを示している。
「新規事業は本当に必要なのか?」を問い直す
「改めてウェルビーイングを中心に置くと、自分たちが今なぜウェルビーイング価値を提供できていないのか、何がずれてきたのか、何が今の提供価値として残っているのか、何を変えるべきかなどを考えることになります。お客様の『シアワセの全体像』を描けるんです。これを私たちは『ウェルビーイングアーキテクチャ』と呼んでいます」(藤田氏)
藤田氏がいうように、今までの機能的・物理的な価値を、ウェルビーイングの視点から見直していくと、既存事業の価値も新たなものになる。
インデグレートには、ウェルビーイングに関連した新規事業立ち上げの相談が非常に多く寄せられる。そのときにインテグレートからは「新規事業は本当に必要か」を問い返すという。「既存事業、既存ブランドを、ウェルビーイングという生活者の最大のインサイトからもう一度見てみるだけで、実は既存事業・ブランドでも、お客様を幸せにすることはできる」と藤田氏は強調する。
これをインテグレートとしては、「企業と生活者の関係性のリデザイン」と称している。今ある関係性をデザインし直すことで、BtoB・BtoCともに、新しい商品開発や事業開発をしなくても十分に、価値提供できると考えているのだ。
キシリトール急成長の裏側にあった「関係性のリデザイン」
藤田氏が市場の急拡大に貢献したキシリトールの事例も、関係性のリデザインそのものだ。キシリトールは1997年に市場に投入され、1年後には9割の認知を獲得し、2000億の市場が数年で生まれた。急激に伸びたこのビジネスを支えたのは、実は歯科医師だったという。
当時の日本の歯科医は保険治療型が中心であり、虫歯患者が減ると事業がシュリンクしてしまう歯科医院が大半だった。ただその中でも、「予防」に着目していた歯科医たちがいた。藤田氏は予防型の歯科医とともに、キシリトールの虫歯予防効果を活用し、「予防歯科」という新しいビジネスモデルをつくりあげたという。
「ほとんどの日本人は虫歯菌が多いので、虫歯を治療し終わった患者さんに対し、虫歯菌を減らさないとまた虫歯になってしまうこと、それには歯磨きだけでは不十分なことを伝えます。そこで虫歯予防効果のあるキシリトールガムを案内し、1ヵ月のお試しで買っていただくともに、1ヵ月後に再度来院していただくように促しました。こうすることで数年に1度しか接点のなかった患者さんたちが、キシリトールガムを使うことで毎月あるいは数ヶ月に1度という頻度で来院するようになります。当時は意識していたわけではありませんが、結果的に歯科医と患者さんの関係性をリデザインしたといえます」(藤田氏)
ブランドパーパスとウェルビーイングの関係性
藤田氏は従来のビジョン・ミッション・バリューと昨今キーワード化しているパーパスの違い、ウェルビーイングとの関係性を説明した。
「ビジョン・ミッション・バリューはどちらかいうとプロダクトアウトの考え方。『我々はこうなりたい』という自分たちの意思を表したものです。一方でブランドパーパスは、生活者とブランド、生活者とプロダクトとの関係性を表すもの。そして、ブランドパーパスを規定していくためにウェルビーイングは、不可欠な要素です」(藤田氏)
こうした関係性のリデザインを推し進めるためには、現実の自社商品の価値、ブランドの価値を可視化・定量化することが当然重要になる。インテグレートが支援する際にはどのように臨んでいるのか。同社では、既存事業の残存価値を計測するメソッドと、そこで測定した価値と顧客が今求めている価値とのギャップを埋められるようなメソッドを開発。これらが掛け合わされることにより、様々なプロジェクトで成果を挙げているという。
なお、こうしたウェルビーイングへの視点は、かねてよりマーケティングに必要と考えていた「カスタマーセントリック(顧客中心主義)」との延長線にあり、顧客との向き合い方を突き詰めた先にあったと話す藤田氏。インテグレートから藤田氏を中心とした3名の共著で『カスタマーセントリック思考』という書籍も出している。
近年は既に多くの企業でも一人ひとりの顧客と向き合う取り組みが重視され、「とにかく消費者の声を聞こう」という取り組みも増えているが、藤田氏はこの状況に“消費者に迎合をすることのリスク”を捉え、警鐘を鳴らした。
「お客様を中心にしたマーケティング手法は様々ありますが、お客様はマーケターではないので、“自分は何が欲しいのか”をよくわかっていないことも多いです。そのため、お客様のいうことを全部真に受けて反映させていくのではなく、あくまでもマーケターとして様々な角度からお客様のインサイトを見つけていくことが重要だと考えています」(藤田氏)
生活者の言葉そのままを捉えるのではなく、インサイトからウェルビーイングを見つけること。この重要性を強く主張し、セッションを締めくくった。