マーケティングの「当たり前」は本当に正しいのか?
今回紹介する書籍は『戦略ごっこ―マーケティング以前の問題』(日経BP)。著者の芹澤連氏はコレクシアでコンサルティング事業部 執行役員を務め、数学・統計学といった理系領域と心理学・文化人類学などの文系領域に精通した、マーケティングサイエンティストです。
昨今、マーケティング領域では様々な理論や手法、フレームワークがあふれています。しかし、それらをどう活用するか考える前に、まず前提となる部分が間違っていては元も子もありません。たとえば、YというKPIに対してXという打ち手を講じた場合、前提として「Xを行うとYが向上する」という関係性が成立している必要があります。
「担当者や経営者が良かれと思ってやっている“マーケティング”こそが、実は事業の成長を妨げ、時にはビジネスを衰退させる原因になっている」と冒頭で著者は指摘。マーケティングにおいて科学的な根拠がないまま「当たり前」だと思われてきた前提を、エビデンスを参照しながら見直していくことが本書の趣旨となっています。
マーケティングの成功に欠かせない「エビデンス」
マーケティング施策が成果につながらなかった時、マーケターはその原因を分析し、問題を改善していく必要があります。ところが、施策の前提となる部分が原理原則に即していない場合、本質的なイシューではなく筋違いな部分で議論を重ねるという落とし穴にはまってしまうのです。
市場や消費者行動には「こうするとこうなる」、逆に「そうしたくてもそうはならない」という原理原則が存在します。戦略や戦術はそれにのっとって初めて成立するのです。
(中略)現実の市場がどう動くのか、ブランドはどう成長するのか、購買行動にはどのような規則性があるのかといった事実を知っておくことが大切になってくるわけです。
著者は「エビデンスもマーケティングを成功させるための重要な柱の1つ」であると説明。エビデンスとは「事実に基づく知識」であり、知識は選択肢となる視点を与えるもの。すなわち、マーケターはエビデンスを知っておくことで、より勝算の高い選択肢を取ることができるのです。
では、具体的にどんな前提を見直すべきで、どういったエビデンスが挙げられるのでしょうか?
「パレートの法則」「ヘビーユーザー」を見直す
本書で取り上げられている「当たり前」の中に、「パレートの法則」があります。これは「上位20%の優良顧客が売り上げ全体の80%を占める」という、マーケティング領域でよく耳にする法則です。
しかし、この割合は集計期間によって変動すると著者は指摘。優良顧客の売り上げに占める割合は短期間での集計なら小さく、長期間になるほど大きくなるといいます。研究によれば、年単位で見ると実際のシェアは50~60%程度です。
またこの法則を用いるにあたり、優良顧客、すなわちヘビーユーザーについても本書では見直していきます。いくつかの研究では、上位2割のヘビーユーザーが翌年もヘビーユーザーで居続ける割合は50%程度となり、1年で約半分が入れ替わります。
さらにヘビーユーザーには、「そのブランドだけが好きで買う人」だけでなく「そのカテゴリーの商品が好きで、様々なブランドを買いまわる人」が含まれていることも注意が必要です。データ上はヘビーに見えても実際の性質はライトだったり、時期によってヘビーとライトを行き来したり、という人々が混ざっているのです。
ヘビー・ライトユーザーやロイヤル顧客といったものは、あくまで企業側の視点から、個人の状態に貼ったラベルです。「ヘビーユーザーは普遍的な特徴」「去年たくさん購買したので今年も来年もそうだろう」と決めつけ、過大評価の元で投資を続けることへの危険性を著者は提示しました。
誤った考え:「ヘビーユーザーだから購買頻度が高い」
実際:「(集計期間中に)購買頻度が高かった人を、ヘビーユーザーとしてカウント」
本書では、300以上の論文や実証研究に基づき、WHO・WHAT・HOWそれぞれの「当たり前」をエビデンスベースでアップデート。STP・リピート・パーセプション・マーケティングROIなど、市場と消費者行動に関する基本的なファクトを見直し、つい「そういうものだ」と見なしがちな考え方に一石を投じる一冊となっています。
施策の成果が出ず悩むマーケターや、自社ブランドを成長させたい担当者は、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。