顧客起点とは、顧客の視界で考えていくこと
MZ:それが、洞察ということですね。
西口:そうです。実際には食品で効果の訴求はできないので、ヨーグルトはあくまで例ですが、顧客からどんなものがどう見えているのかを考えて話を聞いたり調査を進めたりすることが、洞察力を養うのに大いに役立ちます。その時、「自社プロダクトを買ってほしい」「どうしたら売れるか」と思いがちですが、その意識は捨てましょう。どんな方も、売り込まれていると感じるといい気分がしませんし、こちらの問いかけにもバイアスがかかってしまいます。
目の前の相手の視界を踏まえて、その言葉の端々から、無意識に望んでいることを推察しながら話を聞くことが重要です。インタビューに限らず、これは顧客起点の考え方そのものです。図にすると、次のようになります。

MZ:図の「異業種 代替」が、先の例だと便秘薬になるわけですね。
西口:そうです。自社と競合を見るのはビジネスの基本ですが、それだけでは企業目線に留まり、視界が狭くなります。
MZ:「生活習慣 代替」「社会環境 代替」とは、何を指しているのでしょうか?
西口:先の例で生活習慣というと、運動やマッサージが挙げられますね。社会環境……はちょっと思いつきませんが別の例を挙げるなら、スーパーでペットボトル飲料をまとめ買いしていた人が「世の中にECが広がった」ことでECでのまとめ買いを利用するようになったら、社会環境の変化による代替が起きたと捉えられます。さらに、「ペットボトルの消費を控えよう」という社会の意識の変化によっても、心理や行動が変わるでしょう。
自分が対象顧客でない場合こそ、N1分析が有効
MZ:連載の第8回で、ソニーのウォークマンは開発者がN1だった、というお話がありました。自分が対象だと顧客の視界も考えやすそうだと思う反面、そうでない場合は難しそうです。
西口:確かに自分が対象顧客だと、潜在的に望む便益や独自性を理解しやすいとは思います。ですが企業のマーケターや開発担当者は、自分が対象ではないプロダクトを担当するほうが多いでしょうし、BtoBならばほとんどがそうでしょう。だからこそ、N1分析が有効ですし、必要なのだと思います。
複数の方の共感を得られるアイデアが見つかれば、どのようなプロダクトがいいかだけでなく、「どう訴求したら潜在ニーズがある方に気づいてもらえるか」のヒントも得られます。私もこれまで、自分が対象ではないプロダクトをたくさん担当してきました。
たとえばロート製薬の「AD軟膏」は、体のかゆみを感じる方向けの医薬部外品の皮膚用クリームです。しかし私にはそのような経験がなく、対象顧客ではありません。そこで、長く購入されている方にその理由を聞いていきました。すると「お風呂上がりや布団に入って体が温まるとかゆくなるが、AD軟膏を塗っておくとそうならず、よく眠れる」という意見があり、他の方からも強い共感があったのです。
結果として、「お布団に入るとかゆくなるけど、AD軟膏を塗ると、すやすやぐっすり」と訴求するコミュニケーションアイデアにつながりました(※コミュニケーションアイデアについては連載第5回を参照)。これによって新規顧客が増え、また既存の顧客も納得して買ってくださるようになりました。
MZ:丁寧に聞いていくことで、相手の視界がわかったのですね。
西口:そう思います。どのような方が(WHO)、何に便益と独自性を感じているか(WHAT)が見えて初めて、その方々に価値を見出していただけるようにする(HOW)ことを考えるのです。