引き出しに入る?引き出しを作る?
田部:ブランドづくりに取りかかろうとする際「生活者の頭の中のどの引き出しに入るか」を決める必要があると思います。

片山:引き出しへの入り方には、大きく分けて3種類あると思います。一つ目は、今入っている引き出しで、より前に並ぶこと。たとえば今ダイキンが「エアコン」の引き出しの中で3番目に位置しているのであれば、競合を追い越して1番目に並ぶことです。
二つ目は、他の引き出しに入ること。たとえば、それまで「ランチ」の引き出しに入っていた飲食店が、新たに「ハレの日」の引き出しを狙うケースが当てはまります。最後は、まだ世の中にない新たな引き出しを作ることです。最も魅力的で多くの企業がチャレンジしている一方、実現が難しいパターンです。もし実現できれば業界トップになれるでしょう。
田部:まだ世の中に存在しない引き出しは、新しい名前の引き出しとも言えるのではないでしょうか。たとえばラクスルの場合、以前は「ネット印刷ならラクスル」と言われていました。ただ、ネット印刷はビジネスのカテゴリーではあるものの、お客様が使う言葉ではないんです。引き出しの名前は、お客様が普段使っている言葉で構成されている必要があります。そうでなければ想起されませんから。
では「お客様はどのような言葉を使っているのか」と考えたとき「チラシを刷る」という言葉にたどり着いたんです。しかも、当時は「チラシ印刷」と聞いて思い浮かぶ会社名を調査しても、どの会社名もあがってこない状況でした。そこで考えたのが「チラシ印刷ならラクスル」という引き出しです。
プロダクトアウトと相性の良い日本企業
田部:新たに狙う引き出しを決める際、顧客のインサイトに目を向ける方法もあると思います。僕はロイヤル顧客へヒアリングしたり、検索行動データを見たりすることでインサイトの仮説を立てています。その方たちがなんとなく買い続けてしまう理由に新たな引き出しのヒントがあるのではないかと。
片山:顧客の声や行動からインサイトを探り当てた上でのアプローチは、絶対に行うべきです。ただし、中途半端にならないように注意する必要があります。社内のマーケティング専門チームが対応したり、調査の専門家と組んだりする方法が有効です。
それが難しいのであれば、インサイトを探ろうとするより、自社の業界や商品について一生懸命考えることが重要です。ダイキンにはエアコンや空気のことを誰よりも一生懸命考えている社員が数多くいます。様々な顧客の声を聞くことはもちろん大切ですが、自分たちが「良い」と思う商品やサービスを徹底的に突き詰めていく方向性もあると思います。
私個人の考えですが、日本企業には後者の方向性のほうがマッチするのではないかと感じています。多くの日本企業において、マーケターは専門職と捉えられていないからです。あくまで営業の一機関と見なされ、数年でメンバーがローテーションするケースもあります。
マーケティングは生半可な営みではありません。デジタルシフトで業務が複雑化を極める中、勉強していない人間がインサイトを簡単に見つけられるとは思えないんです。中途半端な取り組みしかできないのであれば、プロダクトアウトの発想のほうが成功確率は高いと思います。
田部:確かに、自社の商品やサービスに対して並々ならぬ思いを抱いているメンバーが商品を研ぎ澄ませるほうが、中途半端に顧客の声を聞いてインサイトを探るよりも有効そうですね。
