情緒を言い訳にしないためには?
MZ:これらを区別しないと、的確に計画できないのですか?
西口:その通りです。たとえばP&Gでは、P&Gとして対外や社内向け、採用目的のコーポレートブランディングがありつつ、「パンパース」や「SK-II」のような個々のブランドで、(1)と(2)のブランディングをしています。
「パンパース」だと(1)「プロダクトを顧客に記憶してもらい、必要な時に思い出してもらう」の比重が大きいし、「SK-II」は(2)「付加価値の創出」の比重が大きいと整理できます。個々の顧客とプロダクトの間にどんな価値を作りたいか次第ですね。
MZ:目的の比重を変えるのですね。
西口:たとえば、(1)を軸にした機能的な便益と独自性の提案で十分競争できるのに、(2)の情緒的、感情的な付加価値作りに偏りすぎても、売り上げは上がらないこともありますし、プロダクトイメージも企業イメージも同時に押し出したい、となると中途半端になります。
MZ:あとは、ブランディングの効果測定も、とても難しそうだと感じます。
西口:ブランディングは、複雑な心理データの測定やリサーチ方法で悩む前に、まずは目的(1)の評価です。つまり、市場の中で実際にプロダクトの名称や便益と独自性の認知や、プロダクト自体の想起性がどれだけ高まったかを確認することで、効果を確かめられます。
私は、それを指標化した「次回購入意向(NPI:Next Purchase Intention)」を、事業成長の指標として活用しています。
私の過去の著書や記事などで紹介しているので、詳細は割愛しますが、「顧客自身が、次の機会に買いたいと自発的に思うか」の数値変化です。この指標を使うことで、うやむやになりがちなブランディング活動を可視化し、評価することができます。
Appleが自動車を出したら売れるのか
MZ:3つの目的を区別すべき、ということですが、3つを兼ねることはないのですか?
西口:実行の際は主たる目的は必ず決めるべきですが、結果として複数の効果が得られることはあります。また、ブランディングの効果は長期的に蓄積していくので、その成果も現れていきます。いわゆる「ブランド力」と呼ばれるものですね。
たとえば、「Appleは世界一のブランド」だといわれています。インターブランドやフォーブスなどによる「世界で最も価値のあるブランド」ランキングで頻繁に1位になっていますし、Appleユーザーは他のブランドにスイッチしづらく、Appleへの忠誠心があることでも知られています。製品の確固たる便益と独自性に基づき、様々な施策を重ねた結果、今があるわけです。すると、「Appleが新製品を出す」と聞いただけで、きっといいものだろうと皆が期待するでしょう。
MZ:そうですね。
西口:では、Appleが電動自転車を出したとしたら、どうでしょう? 売れそうですか?
MZ:電動自転車ですか? 意外ですが、他の電子機器メーカーが発売するよりは売れそうな気がします。Appleが手掛けるなら、きっと機能もデザインも優れているだろうと感じますね。
西口:それが、Appleの「ブランド力」といえると思います。実際には、実質的な機能への期待から、Appleだからよさそうという情緒的な期待まで、顧客の購入理由には幅があります。なので、売れたとしても全部がブランド力によるものではないですが、皆が期待はしますよね。
ただ、Appleが衣料用洗剤を出したなら、多くの方が疑問に思うでしょう。顧客の中にあるAppleのイメージや期待からかなり離れているので、よほど強い便益と独自性がなければ成功するかはあやしいです。ブランド力があれば何でも売れる、というわけではありませんので、注意が必要ですね。
西口氏のマーケティング入門連載【第17回】はこちら!