売上は「変数」か、「定数」か?
売上は変数か定数か――この問いの答えは「売上は変数だが、売上を構成する要素は必ずしも変数ではない」となる。
まず、売上は顧客数、購入頻度、買上点数、価格の掛け算で構成される。このうち、買上点数と価格は、いずれもほぼ定数だ。そもそも買上点数は個人の消費量に基づく数字であり、食べる量やシャンプーの使用量などは、CMを見たからと言って増えるものではない。また、価格も短期間でコロコロ変えるわけにはいかないので、短期的には定数と言えるだろう。
となると、四半期ベースのマーケティング戦略で介入できる変数は、顧客数と購入頻度の2つということになる。このような形で、「変数と定数の区分」に関する解説が続いていく。
「パレートシェア」は変数か、定数か
「上位20%の優良顧客が売上全体の80%を占める」というパレートの法則がある。ロイヤリティが重要であることを示す法則として、マーケティングでもよく持ち挙げられる理論だ。では、この法則で言われているパレートシェアは、定数なのだろうか?
海外では、これを検証した先行研究が複数発表されている。たとえば、消費財カテゴリーにおける先行研究を見てみると、上位20%の優良顧客による売上貢献は、1年スパンだと50~60%。5~6年スパンでは60~70%だった。長期間になるほどパレートシェアは高まる傾向にあり、「上位20%が売上の80%を生み出す」というのはかなり長いスパンで見た時の極論と言える。
ただ、海外の先行研究で示されている内容が日本市場にも当てはまるのかという点において、懐疑的な人も多い。そこで芹澤氏は、カタリナマーケティングジャパン社の協力のもと、日本のシャンプーカテゴリーで行った実証研究の結果も提示した。
結論、日本のシャンプーカテゴリーでも見られた傾向は同じ。加えて、ブランドの大小に関わらず、上位20%の売上貢献度や売上構成比がほぼ同じという点が興味深い。ここまでの内容を踏まえ、パレートシェアという指標をマーケティングに落とし込む際のヒントを、芹澤氏は次のように話した。
「パレートシェアは一体何を表す指標なのか? と疑問に思われた方も多いでしょう。私は、パレートシェアとは各カテゴリーのビジネスモデルをおおまかに規定する指標である、と捉えています。たとえば、シャンプーのカテゴリーなら、既存客と未顧客が半々くらいの売上構造になります。大規模ブランドも小規模~中規模ブランドもそうなります。このことから、シャンプーカテゴリーは既存顧客だけで売上を成長させるのは難しく、既存と新規の両方へのアプローチが肝要となることがわかります。つまり、ロイヤルティだけでは成長できないビジネスモデルである、ということです」(芹澤氏)
「平均への回帰」は変数か、定数か
続いての命題は「平均への回帰」。平均への回帰とは、どんなデータも結局はだんだん平均に近くなっていくという現象のこと。マーケティングにおいては、「一人の消費者が、ある時期はヘビーになったり、ある時期はライトになったりを繰り返す」という現象を指す。こうしたダイナミクス自体は定数であり、マーケティングで止められるものではない。
関連して気になるのは、「ヘビーユーザーはどれだけの間ヘビーでいてくれるのか」ということだ。たとえば、マーケティングではしばしば顧客の育成やリテンションの話が持ち上がるが、それは「そもそも顧客の育成や維持が現実的に可能であること」が前提となる。パレートシェアに基づいたロイヤルティ系の取り組みにしても同じで、「実際そんなに長い間、上位20%が上位のままでいてくれるのか」を確かめておく必要があるわけだ。
先行研究では、ヘビーユーザーの維持率/年は50%前後だとされているが、日本市場での実証研究でもほぼ同じ結果が再現されている。シャンプーカテゴリー全体でのヘビーユーザーの維持率は50%程度、一方個別ブランドでは50%を切る形だ。
これは、「個別ブランドのヘビーユーザーは年間で半数以上が入れ替わる」ことを示している。さらにヘビー層がライト層に落ちるだけでなく、うち約3割は直接、非購買層まで落ちてしまう。先のパレートシェアと合わせて考えると、売上の半分がヘビーユーザーに由来し、その半分が1年で入れ替わるなら、現在のヘビーユーザーから得られる来期の売上は25%しかない。単純計算で、残りの75%の売上は、現在の未顧客やライトユーザーから生み出す必要があるのだ。
つまり、パレートシェアという“割合”は定数でも、それを構成する“顧客基盤”は変数だということだ。そうしたダイナミクスを考慮すれば、現在のパレートの絶対額を維持するだけでも未顧客やライトユーザーへのアプローチが必須であることが伺える。
とはいえ、「マーケティング次第で顧客の離反を止めることができるのでは?」と思った方もいるだろう。これについても、研究結果がある。