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MarkeZine Day(マーケジンデイ)は、マーケティング専門メディア「MarkeZine」が主催するイベントです。 「マーケティングの今を網羅する」をコンセプトに、拡張・複雑化している広告・マーケティング領域の最新情報を効率的にキャッチできる場所として企画・運営しています。

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MarkeZine Day 2025 Retail

企業の取り組みから考えるインクルーシブデザイン

顧客の「切実な悩み」が変化し、ペインの原因が複雑化する今。何が事業成長につながるのか?プロが解説!

 価値観が変化・多様化する現在、「これまでの事業の作り方では通用しない」と感じる方も多いのではないでしょうか。「パーパス経営」や「社会課題の解決」が重要と言われても、短期的な成果との間で板挟みになり、具体的なアクションが見えにくいのが実情です。今回、コンサルティング、デザイン、NPO支援のプロフェッショナルと異なる立場で「社会価値創出と事業成長の両立」を実践する3名の有識者が集結。多くの企業が陥る「ダブルスタンダード」の正体を解き明かし、変化する顧客の「切実な悩み」を捉え直す方法を議論。マーケターが「最初の一歩」を踏み出すためのヒントを探ります。

ビジネスの潮流が「社会価値」に変化しているのはなぜ?

――本日は社会価値創造と事業成長の両立というテーマでお話をうかがいます。まずは、皆さんがどのようにこのテーマに関わっていらっしゃるかご紹介いただけますか。

齋藤:アビームコンサルティングの齋藤と申します。同社に10年以上所属し、全社/事業変革に関わるコンサルティングに携わってきました。また10年以上にわたりプロボノを続けており、様々なNPOを支援しています。経営管理大学院で社会イノベーションに関する講義も行っており、様々な文脈でこの社会課題解決というワードに以前からフォーカスしていました。

アビームコンサルティング株式会社 顧客価値戦略ユニット シニアマネージャー 齋藤 直毅氏
アビームコンサルティング株式会社 顧客価値戦略ユニット シニアマネージャー 齋藤 直毅氏

 近年の外部環境の変化により、企業の経営アジェンダが大きく変わってきています。以前は「いかに収益を上げるか」「いかに競合に対して優位性を築くか」などのテーマが中心でしたが、社会課題を解決しながら持続的な成長、つまり社会と企業にとってのサステナビリティを両立していくことが投資家をはじめ多くのステークホルダーから強く求められるようになり、今回のテーマのような案件が増えています。まさに、波が来たと感じています。

岩沢:ロフトワークの岩沢です。ロフトワークは未来に続くビジネスエコシステムをデザインする会社です。企業や自治体のブランド再構築やコミュニケーションデザイン、オープンイノベーションなどのデザイン支援を通じて、従来の事業や組織、地域に新たな関係と可能性を接続し、価値創造していく支援をしています。私はマーケティングリーダーとしてロフトワーク自体のブランディングとマーケティング戦略の策定・実行を担っているのに加え、Culture Executiveとして、「ひらく」ことを通じて、新たな社会的共有価値を創造するための探索・実験・実践しています。

 ここ数年、支援する企業の中ではもちろん、ロフトワーク自体も、価値観が根本的に変わっていく中で、これまでの事業の作り方やブランドの持ち方とは異なるものが求められていると感じています。まさに今回のテーマと重なる部分だと考えています。

川合:STYZ(スタイズ)およびインンクルーシブデザインスタジオCULUMUの川合です。STYZは3つの事業を展開しています。1つ目はNPO・NGOを中心に新しい資金流入を促すドネーションプラットフォーム事業。2つ目は社会課題と企業課題の解決を共に目指すインクルーシブデザイン事業。3つ目はそれらの取り組みを次世代的なテクノロジーで実装していくシステム開発&エンジニアリング事業です。

インクルーシブデザインスタジオCULUMU CDO 川合 俊輔氏
インクルーシブデザインスタジオCULUMU CDO 川合 俊輔氏

 AIの活用により、これまで経済合理性の面で難しかった社会課題への取り組みも事業化の射程に入ってきました。私自身はデザイナー出身で、大学でユニバーサルデザインなどの演習も担当しています。また、大学の博士課程に通い、「人間工学や人間中心設計の研究」として、企業やものづくりに関わる人たちがどのように当事者性を獲得するか要因などを研究しています。

パーパスが事業に落ちない理由。歴史と組織構造から読み解く「ダブスタ」の正体

――マーケターが社会価値創造と事業成長の両立を考える上で、パーパスが身近な存在かと思います。しかし、パーパスが事業に落ちていないという話をよく聞きます。なぜ、パーパスが事業に落ちていないと思いますか?

齋藤:歴史的な話から始めますと、人類史を振り返った時、社会に価値あることをしようというのは、普遍的な価値観だったと思います。その価値観に基づいた「生き延びる」「暮らしを快適にする」ための活動は個人の力だけでは不十分なので、「アセットを集めたほうがスケールするよね」という考えが生じ、その延長に近代ヨーロッパで「株式会社」という仕組みが誕生し、それが資本主義の発展を大きく加速させました。ですから、社会的価値を追求する組織とは、パーパスという言葉がなかった時代から当たり前の、普遍的なものだったと考えています。

 一方で、資本主義の歴史の中には、利益追求が強調されすぎた時代がありました。特に20世紀の大量生産・大量消費の時代には、「稼ぐことを重視する」という価値観が広まった結果、環境問題など様々な社会課題が噴出し、歪みが生じました。これではいけないと、CSRや環境経営の考え方が生まれ、近年はSDGsやESG投資といった国際的な枠組みを通じて、企業に社会的責任を果たすよう求める流れが強まってきています。私たちは、この歴史的な過渡期にいるのだと思います。

 元々あった「社会に良いことをしよう」という価値観と、「短期的に稼ぐことを優先」というプレッシャーが、今まさに混沌としている状況なので、現場は「どっちに行けばいいんだ」と悩まされている。これが今の「ダブルスタンダード(以下、ダブスタ)」になっている原因だと考えています。

 特に大企業においては、経営層の意図が現場に「伝言ゲーム」のように伝わる中で、パーパスと現場の行動が断絶してしまう組織構造上の課題があります。たとえば、組織論では「マネージャーが直接管理できる人数は5〜7人程度が目安」とされ、階層が増えれば増えるほど情報伝達の精度が落ちやすいと指摘されています。その際、数値化しやすい短期的な収益KPIのような要素が強調されやすく、抽象度の高いパーパスやミッションは伝わりづらくなり、結果、現場リーダーである管理職は短期的/定量的なKPIを強く意識せざるを得ず、パーパスやミッションとの接続が弱まる傾向があります。この階層の多さによる断絶が、パーパス浸透の難しさにつながっています。

 この「ダブスタ」は、組織におけるKPI設定にも表れています。事業部門の現場では、「目先の売上目標を達成すること」という短期的な成果と、「中長期的に顧客にとっての体験価値を、将来の継続的な取引につなげること」という長期的な目標、一見すると相反するこの2つのKPIを同時に追求するよう求められることがあります。

 たとえば、自動車ディーラーでは、目先の売上目標達成と同時に「数年後の顧客の再購入やそのための顧客ロイヤルティ向上」という長期的な関係構築のKPIが課せられるケースもあります。目先の売上を優先すれば顧客関係がおろそかになりかねず、長期的な視点で動けば今月の売上が危ぶまれるといった板挟みの状況が生じ、現場の担当者が何を優先すべきか混乱し、日々の業務にひずみを生み出す原因となっています。

岩沢:齋藤さんの話に被せると、これまでの日本には、人口増加が当たり前で、それに伴い需要も市場も広がり、企業活動はそれに応えていくことで事業成長できた時代がありました。しかし今は人口減少時代に差し掛かり、事業を変えなければ目減りする時代になったとも言えます。加えて、これまでどっしりしていた「社会基盤」にポコポコと穴が空きはじめてしまっています。「社会基盤」は生活に必要な最低限のインフラとも言えます。道路やダム、電気や公共施設だけでなく、たとえば、近所のおばあちゃんが育児を手伝ってくれるとか、玄関先が汚かったら誰かが掃除するとか、金銭的な交換はされないけれど、当たり前のように存在していたご近所や地域のつながりや見守り、助け合いも本当は含まれていた。しかし、それらはこの10~20年で知らず知らずに減り続けた結果、「社会基盤」に穴が空いてきてしまった。

株式会社ロフトワーク Culture Executive/マーケティング リーダー 岩沢 エリ氏
株式会社ロフトワーク Culture Executive/マーケティング リーダー 岩沢 エリ氏

 人口の減少や都市への過集中によって、地方で問題が顕在化したり、あらゆるものがお金で買えるようになったが故に、買わなければ解決しないことが増えたり。そうした少しのズレが連鎖して、気がついたら社会基盤が不足している。これは、国や自治体の仕事と任せていても解決は難しいでしょう。しかし、事業活動の多くは、「社会基盤」があって成立するものも多い。つまり、企業が生き残るためには、自ら社会基盤も含めて作っていくことが必要になってきているとも言えるのです。

 また、創業者の理念は素晴らしくても、事業成長の中で理念が事業とは別物になってしまうケースも多いのではないでしょうか。「企業の言っていることとやっていることにきちんと整合性がある」ことがブランドとして判断軸になる今、企業が何を考え、どこを目指しているか含めて、商品・サービスとどれだけリンクしているかが重要になっています。 これまでのモノづくりの話とは異なるため、もう一度結び直す作業が必要で、それが改めて「パーパス」として外の人にも説明し、共有できる価値としていくことにつながるのだと考えています。

齋藤:経営戦略やデザインの話に加え、マーケティングの観点から考えると、フィリップ・コトラーはマーケティングの進化を「1.0〜5.0」と整理しています。そのうち、マーケティング1.0は「製品中心」で、良いものを作れば売れるという機能的価値が重視される時代でした。マーケティング2.0は「消費者志向」で、顧客ニーズを起点に商品やサービスを設計する考え方が広まりました。さらに3.0では「価値主導」が中心となり、機能や価格だけでなく、ブランドのストーリーや情緒的価値、社会的意義といった要素が差別化の源泉となってきました。

 この流れの中で、「社会に良いことをしている」というストーリーも価値創造の重要な一部となり、単なる社会貢献ではなく、商品を売る上での競争優位にもつながっています。総じて、社会課題はリスクではなく機会として捉えるべき領域であり、これに取り組む企業こそが投資を集め、持続的な成長の主役となっていくでしょう。

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変化する顧客の「切実な悩み」を、「面」で捉える

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この記事の著者

伊藤 桃子(編集部)(イトウモモコ)

MarkeZine編集部員です。

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MarkeZine(マーケジン)
2025/10/14 09:00 https://markezine.jp/article/detail/49681

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