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アシックス・甲田氏と経営学者・楠木氏が語る、グローバル展開を目指す日本企業のためのブランド論

 日本企業がグローバル展開で成功するには、どのようなブランド戦略を描くべきでしょうか。本稿では、グローバルインベンションファームI&COが主宰した、パネルセッション「Making Japan Matterーグローバルで真価を発揮するブランド戦略ー」の模様をレポートします。モデレーターは、I&COのCOO 間澤崇氏。経営学者の楠木建氏と、アシックス 常務執行役員の甲田知子氏が、ブランド戦略の本質を語り合いました。

ブランドは成功の「原因」ではなく「結果」

間澤(I&CO):ブランドがもたらす競争優位性は、経営戦略においてどのように位置付けられるべきでしょうか。実務においては、この点が曖昧になりがちですよね。

I&CO COO of APAC 間澤崇氏
I&CO COO of APAC 間澤崇氏

楠木:ブランドには対照的な2つの見方があると考えています。私はこれを「微分的」か、「積分的」に考えるかと表現しています。

一橋ビジネススクール特任教授(経営学者) 楠木建氏
一橋ビジネススクール特任教授(経営学者) 楠木建氏

楠木:微分的な考え方とは、比較的短期間での変化率、すなわち認知度や売上、好感度といった指標の「微分値」をいかにして最大化するかという視点です。多くの企業は、「ブランド構築」という意図的な活動に取り組む際に、この微分的な思考に陥りがちです。

 短期的に効果があるものは、その効果もすぐに失われるため、また次の施策が必要となります。今日、微分値を上げるためのツールやテクノロジーは非常に安価に利用できますが、それは持続しません。

 そのため、私が本質的だと考えるのは「積分的な考え方」です。これは、マーケティング部門だけでなく、あらゆる商売にも通じます。たとえばアシックスであればそのコンセプトを、店舗、メディアといったすべての顧客接点で全社員が深く理解し、顧客に伝えようとする日々の努力の「累積」です。この「積分値」の大きさが、最終的な勝負を決めると考えます。

 したがって、ブランドは成功の「原因」ではなく「結果」として捉えるべきです。なぜ成功したのかを「ブランドが強かったから」と説明し、どう成功するかを「ブランドを強くしよう」と結論づけるのは、トートロジー(同語反復)に近く、実践的な示唆に乏しい。

 ブランドとは、顧客視点に立った優れた商売を長年積み重ねてきた結果として得られる「信頼」の表れであり、事後的なご褒美なのです。

アシックスがグローバル展開の上で大事にしている価値とは?

間澤(I&CO):甲田さんにお伺いします。アシックスは現在、売上の8割を海外が占めるなど、グローバルで大きな成功を収めています。グローバル展開を進める上で、特に価値を置いていることは何でしょうか。

甲田(アシックス):アシックスは創業76年のブランドですが、グローバルに展開する上で特に大切にしていることが2つあります。

株式会社アシックス 常務執行役員 甲田知子氏
株式会社アシックス 常務執行役員 甲田知子氏

甲田(アシックス):1つは、創業理念です。私たちの理念は「健全な身体に健全な精神があれかし」という言葉に集約されます。これをラテン語にした「Anima Sana In Corpore Sano」の頭文字をとってASICSというブランド名が生まれました。この理念を徹底しています。

 もう1つは、もの作りに対する真摯で誠実な姿勢です。アシックスはもの作りによって成長してきたブランドであり、この姿勢はグローバルに展開する上でも、日本企業として決して失ってはならない核であると考えています。

間澤(I&CO):その「らしさ」を、文化の異なる国々で維持していく上で、ご苦労された点はありますか。あるいは、「日本らしさ」といったことは特に意識していないのでしょうか。

甲田(アシックス):「日本らしさ」ではなく、私たちが強く意識しているのは「アシックスらしさ」です。先ほどの創業理念は、英語だと「A Sound Mind in a Sound Body」です。これを、全世界の社員が共通言語として深く理解していることが重要だと考えています。

間澤(I&CO):企業の哲学を従業員が深く理解し、実務に落とし込むプロセスは非常に難しいと感じます。企業が、この過程における障壁や陥りがちな課題は何でしょうか?

楠木:先述した積分的なブランド構築は、企業の競争戦略そのものであり、ブランドに関わる活動全体を指します。社員全員が同じ方向を向いて仕事をするためには、その拠り所となる共通の企業理念や価値観が不可欠です。

 たとえば、私が支援しているユニクロは「LifeWear」という考え方を掲げています。これは単なるマーケティングスローガンではありません。店舗スタッフの働き方、サプライヤーとの関係構築、立地選定、商品構成、棚割り、レジの機能に至るまで、すべてが「LifeWearだからこうする、LifeWearだからこれはしない」という判断基準に基づいています。

 そうした日々の実践がじわじわと顧客に伝わり、結果として企業の哲学が認識されるのです。結局のところ、働く人々全員がその哲学をどれだけ真剣に共有し、日々の仕事で体現できるかに帰着します

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グローバル進出を妨げる原因は「社内の組織文化や意思決定の問題」

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この記事の著者

竹上 久恵(編集部)(タケガミ ヒサエ)

早稲田大学文化構想学部を卒業後、シニア女性向けに出版・通信販売を行う事業会社に入社。雑誌とWebコンテンツの企画と編集を経験。2024年翔泳社に入社し、MarkeZine編集部に所属。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2025/09/05 09:00 https://markezine.jp/article/detail/49712

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