常識を疑う「問い」と、インサイトを「言語化」する技術
「気づき/違和感」を捉え、それが反する「常識/定説」を特定したら、次はその常識を疑う【ステップ3】へと進む。
佐藤氏によれば、よいインサイトに育つかどうかは、「どんな『常識』に疑問を持つかで決まる」という。大切なのは、誰もが当たり前だと思って疑いもしなかった常識に対し、自分の感覚で「本当にそうか?」と「疑問/問い」を持つことだ。
佐藤氏は、常識を疑う「リフレーミング」という問いのテクニックを紹介。たとえば、「その常識が見落としていることは何か?」「もっと社会を良くする目指すべき理想は?」 と問いを立てる。スティーブ・ジョブズが「なぜ、コンピューターのフォントは、こんなにも醜いのか?」と当時の常識を疑ったように、強い問いこそが強いインサイトを生む。
そして、モデルの中で最も重要とも言えるのが、【ステップ4】の仮説の言語化だ。佐藤氏は「インサイトは、言語化が9割」と断言する。
「インサイトは言葉にして自覚できていない欲望なので、それを言葉として見える形にしてあげることで、『それそれ!そうなんだよ!』という感動につながります」(佐藤氏)
この言語化には、感覚の解像度を上げる技術が必要だ。佐藤氏はいくつかのポイントを挙げた。
- 「類義語」でズレを明確にする:曖昧な感情を捉える際、「不安」と「恐怖」、「感謝」と「恩義」のように、似ている言葉の違い(ズレ)を突き詰める。わずかな言葉のズレが、インサイト発見の鍵となる。
- 「対比表現」で輪郭を明確にする:モヤモヤした感覚に対し、「退屈」の反対は「驚き」、「オシャレ」の反対は「中身で勝負」といったように、反対の言葉を考えることで、モヤモヤの輪郭が明確になる。
- 「ホンネが露見する言葉」に注目する:インタビューなどで、「本当は」「実は」「正直にいうと」「個人的には」といった言葉が出てきたら、その後にこそ自覚されていないホンネが隠れている可能性が高い。
佐藤氏は、言語化とは「思いつく」よりも「選りすぐる」作業であり、常套句や流行ワードで満足してはいけないと釘を刺す。そして、最適な言葉を選ぶために、自分とは異なる言葉の世界を持つ他者との「対話」が不可欠であると強調する。

「仮説」を「本物のインサイト」に育てる
「型」の最終段階は、【ステップ4】で言語化した「仮説(推論)」を、誰もが納得する「本物」のインサイトへと仕上げる【ステップ5】確認/検証だ。
佐藤氏は、「自分の言葉をみんなに信じてもらう」ために、客観的な「確認/検証」が不可欠だと説く。せっかくの「仮説」も、N=1(その人だけの感覚)のままでは人を動かせない。そこで、この仮説を客観的な事実に「育てる」ために、2つの検証軸を用いる。
- 定量調査:その感覚がN=1ではなく、多くの人が共感するものであることを証明する。
- 定性調査:その感覚が表出する、イキイキとした具体的なシーンを引き出し、本質的な意味を深掘りする。
佐藤氏は、このステップ5のプロセスを「服はあるのに、服がない!?」という仮説を例に解説した。
「クローゼットはいっぱいなのに、今日着ていく服がない」という、一見矛盾した感覚(仮説)を検証するために、まず定量調査を実施。すると、実に90.5%の女性が「共感できる」と回答した。これで、この感覚がN=1ではない、強力な「隠れたホンネ」の候補であることが証明される。

次に、定性調査で「それはどういう時か?」を深掘りすると、「ママ友とのちょっと贅沢なランチ」「デートの時」といった、具体的なシーンが明らかになった。つまり、このインサイトの本質は「物理的に服がない」ことではなく、「そのTPOや気分に合う服がない」という心理であったことが確認できるのだ。
このように、ステップ5の検証を経て初めて、個人の気づき(仮説)は「人を動かす」強力なインサイトとして機能するのである。
「スマドリバー渋谷」にみるインサイトの育て方
講演の最後、佐藤氏は、この「出世魚モデル」の全ステップを、「スマドリバー渋谷」の事例で包括的に解説した。
- 【ステップ1】気づき/違和感:佐藤氏自身が飲めない当事者として感じていた「飲めない人って、飲める人からなんか決めつけられてない!?」というモヤモヤ。飲めない人のメニューは「ソフトドリンク」数種類で子供扱いされている、といった違和感が「魚卵」となった。
- 【ステップ2】常識/定説:この違和感が反する世の中の「常識/定説」は、「飲めない人は、飲み会がキライ」というものだった。
- 【ステップ3】疑問/問い:この常識に対し、「本当にそうか?」と問いを立てた。「キライ」という言葉では表せない、本人も気づいていない繊細な“隠れた気持ち”があるのでは?と「裏側」から疑った。
- 【ステップ4】仮説/言語化:対話と分析を重ねた結果、「キライ」と「ずるい」という類義語のわずかなズレに行き着いた。飲めない人のホンネは、「飲み会がキライ」(関わりたくない)なのではなく、「飲める人ばかり楽しんで、ずるい!」(本当は自分も楽しみたいのに!)という無自覚の欲求(インサイト仮説)だった。
- 【ステップ5】確認/検証:この「ずるい!」という仮説は、イキイキとしたシーンによって検証された。「飲める人のメニューは10ページもあるのに……」「自分もロックとか水割りとか飲み方を指定してみたい!」といった声は、まさに「楽しさの選択肢から除外されている」ことへの不満(=ずるい!)の表れだった。
このインサイトに基づき、『スマドリバー渋谷』では、「度数に頼らずに、気分をアゲられるドリンク体験」を設計。色が変化するドリンクや、0%・0.5%・3%の飲み比べセット、お酒をあえて「Others」としてメニューの最後に載せるなど、「ずるい!」というインサイトを「優しく、抱きしめる」ような施策が実現した。
佐藤氏は、「こうした『型』に沿って感覚や違和感を育て上げ、言語化することこそが、AI時代にも負けない革新的なアイデアを生み出す鍵になります」と述べ、講演を締めくくった。
