累計550万本突破、花王ヘアケアのヒット商品「melt」
MarkeZine:前回は、花王のヘアケアブランドのマーケティングで実践しているコミュニケーション戦略「PGC×UGCの最適化」について、その全体像をうかがいました(前回の記事)。今回はその戦略の実践例として、meltのコミュニケーション施策を深掘りします。
はじめに、meltのブランド概要を教えてください。
篠原:meltは「休みながら美しく 休息美容」をコンセプトに掲げた、ハイプレミアム価格帯の新ブランドです。当社が長年培ってきたヘアケア研究の知見を活かしながら、従来の機能中心の訴求からは脱却し、「商品体験の先でどのような気持ちになってもらいたいか」という感情ニーズを軸に開発しました。主なターゲット層は20~30代の忙しい女性で、「自分と向き合える入浴時間に“癒し”を感じてほしい」という想いを込めています。
特にこだわっているのは「五感への刺激」。たとえば、生炭酸パウダーが弾ける「じゅわ〜」 という音、天然精油をふんだんに使った香り、髪に触れたときの手触りのなめらかさなど、感覚に働きかけることで癒しを感じていただけるよう工夫しています。パッケージも、見た瞬間に癒しを感じる雰囲気や女性らしさを意識し、グラデーションやゆらめくようなデザインで表現しました。

MarkeZine:反響や売上はいかがでしょう?
篠原:おかげさまで非常に好評をいただいております。発売から2年弱で累計出荷本数は550万本を突破しました。また、発売後から累計で90のベストコスメアワードを受賞しており(※2025年12月時点)、多くのお客様に「休息美容」を体験・共感いただけていると感じています。
PGC・UGC・リテールメディアまで活用する、フルファネルマーケティングの全体像
MarkeZine:売上が順調に伸長しているmeltですが、どのようにマーケティングコミュニケーションを設計していますか?
篠原:meltのようなハイプレミアム帯の商品は、シャンプーとトリートメントを合わせると約3,000円付近の価格となります。必然的に購入までのハードルが高くなるからこそ、マーケティングは認知から検討、購買まですべてを網羅することが大切。フルファネルでのコミュニケーションを綿密に設計しています。
また、それらすべての施策において、お客様へ伝わる文脈や世界観に一貫性を持たせることを重視しています。
MarkeZine:認知から購買までの各ファネルにおいて、具体的にどのような施策を実施していますか?
篠原:まず、認知を狙うトップファネルでは「ブランド世界観への共感」を第一に設計しています。PGC(ブランド広告)のビジュアルやキャッチコピーを通じて、「休息美容」の世界観を魅力的に表現し、「このブランドいいな」と思っていただく土壌を作ります。
次に、検討段階にあたるミドルファネルで重視しているのは「第三者からの推奨」です。メーカーである私たちが商品をおすすめするのは当たり前。いかに第三者であるインフルエンサーやメディア、そして生活者の方々から「これいいよ!」と推奨していただけるかが購買のカギとなります。さまざまなクリエイターやメディアとタッグを組み、UGCを戦略的に生み出してきました。

購買の直前にあたるボトムファネルでは、「店舗」の力が不可欠です。ドラッグストアなどの流通チェーンと連携し、全店舗に商品を置いていただく、お客様の目につく位置で展開いただく、そして「推し商品」として店頭POPで紹介いただくなど、地道な活動も行っています。また、リテールメディアなども活用しながら、ラストワンマイルで購買を後押しする施策を展開しています。
UGCを「いきなりマス層に広げなかった」戦略的な理由
MarkeZine:ここからはUGC施策について深掘りしていきます。meltではどのようなUGC戦略を立案・実行していますか?
川上:新商品へのアンテナが高い美容高感度層からアプローチし、中感度層やマスでの知名度が高いインフルエンサーなど、徐々にキャスティングの幅を広げていきました。複数媒体でのタイアップや第三者配信、ギフティング、勉強会など、オンラインからオフラインまで、ブランドに関するポジティブな発話を促す施策を立体的かつ積層的に実施しています。
MarkeZine:はじめから多数のインフルエンサーに依頼すれば、爆発的なバズが見込めそうなものですが、あえて絞った人選にしたのはなぜでしょう?
川上:専門知識が必要なカテゴリーや、UGCが購買に寄与する影響度が高いカテゴリーでは、ブランド拡大の時間軸も加味し、UGCを「いきなり増やし過ぎない」「いきなりマス層に広げ過ぎない」という戦略を採ることもあります。いくらトレンドに敏感なインフルエンサーとはいえ、発売間もない商品をみんなが一斉に紹介し始めたら、嘘っぽく聞こえてしまいますよね。まずは情報の信頼性を担保することが重要だと考え、はじめのうちは美容の専門家や成分解析士などに絞りました。
美容高感度層によるレビューを通して「プロが推奨するいい商品らしい」という信頼性の土壌を継続的に作りつつ、段階的に様々なジャンルのインフルエンサーと共創していきました。
MarkeZine:はじめは、「SNS内における情報の信頼性」という土壌を整えることが大事なのですね。媒体はどう使い分けていますか?
川上:それぞれのプラットフォームの特性に合わせて、目的や役割を定義して活用しています。まずInstagramは、ターゲットである20~30代女性が情報発信や検索をするメインのプラットフォームです。meltの世界観を表現しやすいこと、ビジュアル検索で直感的に魅力を感じてもらいやすいことから、静止画や動画を含め、UGC・PGCともに初期から重点的に活用しています。
一方で、Xは生活者の「リアルな本音」が現れる場所です。多くの生活者は購入前に「失敗したくない」という心理から、Xでネガティブな口コミも含めたリアルな評判を検索します。この「損失回避バイアス」を解除する場として機能させるため、Xではあえてタイアップ投稿をしていません。「純粋な購入者の口コミだけが集まる場所」と定義し、情報の信頼性を高めることにフォーカスしました。
加えて、TikTok・YouTubeといった動画媒体は商品の特徴理解の場として活用しています。TikTokでは、カジュアルかつエンタメ的に楽しめるコンテンツを発信。YouTubeは長尺であることを活かし、専門家の目線から商品の特長を深掘り解説してもらうための役割を持たせています。
なお、発信するコンテンツは媒体ごとに設計していますが、あまり画一的に決めすぎず、個々のインフルエンサーの文脈を大切にしています。

発売から2年。継続的に発話を生む3つの秘訣とは?
MarkeZine:meltは発売から2年以上経過していますが、SNSでの投稿数が継続的に伸び続けています。右肩下がりにならず、熱量を持続できている秘訣はどこにあるのでしょう?
篠原:秘訣は3つあると考えます。1つ目は、インフルエンサーとの対話です。美容感度の高いインフルエンサーは、日々数え切れないほどの情報をキャッチし、タイアップ依頼を受けています。その中でタイアップを通じてブランドのファンになっていただくことを意識しています。そこでお伝えするのは、表からは見えない「裏話」です。開発秘話や「ここだけの話」をお伝えすることで、ブランドとの強い絆を醸成します。
2つ目は、オフラインイベントの実施です。天然製油を活用した香りや濃密な泡の音、クリーミーな手触りなどはデジタルではどうしても伝えきれません。meltが大切にしている「休息美容の価値」を体感してもらうために、リアルの接点も大事にしています。
2025年10月には、meltの世界観を表現したクルマ「melt号」で東京・大阪・福岡などの都市を巡回しながら、「ASMR音浴」「マインドフル香浴」といった、五感に働きかける体験型プログラムを展開しました。生炭酸パウダーの泡体験も実施し、実際の商品に触れてもらいながら「休息美容」を実感いただく、いい機会になったと思います。
3つ目は、期間限定商品です。ブランドへの信頼やファンの土壌ができあがっている状態で、新しい香りなどの限定品を投入すると、ファンの方々がすぐに察知してSNS上で反応してくれます。期間限定商品は瞬発力が高く、短期間で発話を増加させる起爆剤となるため、重要施策と位置付けて定期的に展開していますね。
露出の山を逃さない。全体最適を目指す緻密なディレクション
MarkeZine:meltにはしっかりとした世界観があるからこそ、UGCでは一貫性を保つためのキャスティングが重要になるかと思います。どのような基準で人選やディレクションを行っているのでしょうか?
川上:当社は国内有数のインフルエンサー分析ツールを複数契約しており、全プラットフォーム横断でのリストアップが可能です。その上で、まず全プラットフォーム・全インフルエンサーから美容訴求が可能な方に絞って千人規模のリストを作成し、そこから数値面での精査や、meltブランドとしてのトンマナに合いそうな方など百~数百人ピックアップしていきます。驚かれることもありますが、本当にインフルエンサーのアカウントはほぼ全てチェックしています。そこからさらにブランドチームの方々とすり合わせを重ねて、最終的に依頼する方を決めていきます。
投稿いただくコンテンツの内容や文脈は人それぞれですが、インフルエンサー一人ひとりの理解に努め、「その人の個性」と「投稿で表現してほしいこと」を念頭に置いてディレクションしていきます。加えて、タイミングや施策のフェーズ、反響、ソーシャルリスニングの結果などを踏まえ、投稿内容については都度細かく調整しています。
篠原:「どの」インフルエンサーに「いつ」投稿してもらうのが最も効果的か――UGC以外の施策も含め、露出の「山」ができるタイミングを狙い、お客様の感情や思考回路を逆算した上で、全体最適を細かく設計してもらっているので、とても心強いです。
また、ウィングリットさんには花王ヘアケア事業全体のUGC領域を「横串」で見てもらっているため、各ブランド間でのコミュニケーションコスト削減やバッティング防止にも役立っています。meltで得られた知見やノウハウは社内で共有しているので、ヘアケア事業部全体で好循環が生まれていますね。

川上:インフルエンサー側にとっても、窓口が一本化されるメリットは大きいと考えます。ブランドが複数あっても、インフルエンサーにとって、花王はひとつの会社です。ウィングリットがいわば「花王ヘアケア事業の広報窓口」になることで、どの商品のことでもインフルエンサーが気軽に相談しやすい環境を作ることができていると感じています。
「らしさ」を失わず成長するには、UGCで「やらないこと」を決める勇気も必要
MarkeZine:では、最後にmeltの今後の展望をお聞かせください。
篠原:おかげさまでご好評をいただいているmeltですが、認知度は3割程度。まだまだチャレンジャーとしてファンを増やしていく段階にあると考えています。10年、20年愛されるブランドになるためにこれから必要なのは、美容ミーハー・美容マス層への展開でしょう。失敗を恐れずPDCAを回しながら、UGC施策では人選やコンテンツの幅を広げていきたいです。
MarkeZine:ウィングリット社は、今後meltのUGC施策で挑戦したいことはありますか?
川上:篠原さんのおっしゃる通り、ブランド拡大フェーズに向けて様々なチャレンジをしていきたいです。その上で大切にしたいのは、「meltらしさを失わずに成長すること」。UGC施策の幅を広げようとすると、あれもこれもと手を出したくなりますが、ブランドが一貫性を保ち、生活者からの知覚価値を維持・強化し、強いブランドとして長く続くためには、逆に「やらないこと」を決める勇気も必要だと考えています。その線引きをしっかりと意識しながら、新しいことに挑戦していきたいですね。

また、これは前回の記事でもお話ししましたが「ファンダム形成」にも一層注力したいです。時間の経過とともに、インフルエンサーが商品を紹介する意義は薄れていきやすかったりもします。そのため、継続的にブランドについて語っていただけるような愛用者の方を増やし、ファンダムを強固にし、実際の発話につなげていく――UGC領域のパートナーとしてこれからも突き詰めていきたいと思います。
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