勘定系システムの「完全クラウド化」に舵を切ったソニー銀行
ソニー銀行は2001年に開業したインターネット専業銀行で、個人のお客様のための利便性を重視したサービスが特長だ。ネット銀行として初めて住宅ローンの取り扱いを始め、円預金や外貨預金、カードローン、投資信託、FX、投資型クラウドファンディングに至るまで多様な金融商品を展開している。
そんなソニー銀行は開業以来、オンプレミス型の勘定系システムを長期にわたって運用してきた。しかし、デジタルバンキングの進展や顧客ニーズの多様化、競争の激化により、システムの柔軟性や拡張性、スピード感が新たに求められるようになってきたことで、既存システムに限界を感じはじめていたという。また、金融業界全体ではクラウド化やAI活用が進む中、今後のビジネス環境変化に迅速に対応できる体制を構築する必要があると考え、「クラウドオンリー」のシステム基盤へ移行することを決定した。
同行は将来を見据え、システム刷新の大きな柱として「クラウドネイティブ化」を掲げた。「顧客にとって安心安全なインフラ基盤を金融機関として提供しつつ、他にはない独自の視点で商品サービスを創出していくことが狙いです」と話すのは、ソニー銀行 IT推進部長の西沢陽子氏だ。
金融機関の勘定系システムにはいまだにメインフレームが数多く残る中、同行では基盤から変革して競合との差別化を図るべく、2013年からAWSをはじめとするクラウドサービスの本格利用を開始。周辺系領域からクラウド環境への移行を進め、2025年5月、クラウドネイティブな「次世代デジタルバンキングシステム」が稼働している。
この次世代デジタルバンキングシステムの基盤に採用されているのが、富士通の提供する「Fujitsu Core Banking xBank(クロスバンク)」である。クロスバンクはクラウド上で動作することを前提に設計・構築されており、ビジネス環境の変化に応じた最適なシステムリソースの活用を可能とする。経営戦略の迅速な実行をバックエンドから支援するソリューションだ。
ソニー銀行は開業時の勘定系システムから、その構築、運営の支援を富士通に依頼してきた。長期にわたり協業してきた実績と、システム面での力強い支援が、この刷新プロジェクトでも富士通に協業を依頼した大きな理由だと西沢氏は説明する。
クロスバンクを活用したソニー銀行の次世代デジタルバンキングシステムは、Amazon Web Services(AWS)上の240を超える豊富なサービス群を活用した完全なクラウドネイティブシステムとして構築された。先行してクラウド化を進めてきた周辺システムと合わせ、同行では勘定系を含めたほぼすべてのシステムにおいてクラウド化を実現している。
クロスバンクの特徴の一つに、アプリケーションを機能ごとに独立した小さなサービス群として構築する「マイクロサービスアーキテクチャ」の開発手法を採用している点が挙げられる。この仕様により、プログラム資産規模を従来の40%に削減できた一方で、勘定系システムでは連続性を必要とするサービスが多いことから、ACID特性(原子性、一貫性、独立性、持続性)の実装に課題があった。
そこで富士通は、データの一貫性保証が必要な処理を見極め、必要な箇所で同期性を担保する独自の実装方法を適用することで、マイクロサービスアーキテクチャ適用にともなうデメリットを克服したのだ。この疎結合な構造により、システムの柔軟性が高まり、ビジネスロジックの切り出しや変更が容易になった結果、新しい技術も取り入れやすい基盤となっている。
ミッションクリティカルな取引の要はメール? 顧客の資産を守るために
銀行業務において、勘定系システムはミッションクリティカルであり、特に決済や入出金といった基本的な業務が最も重要視される。顧客が自身の大切な「お金」を日々安心して預けたり引き出したりできることは基本要件だ。
このミッションクリティカルな顧客体験を支える上で、メール配信は極めて重要な役割を担っている。「ソニー銀行は、お客様に寄り添う姿勢をもとにサービスを運営しています」と西沢氏。そのため同行では、一つの取引ごとに必ず通知メール(トランザクションメール)を配信しており、そのメールが顧客に届いたかどうかを、取引が成立したか否かを判断する重要なポイントとして認識しているという。この配信結果は、IT部門だけでなくユーザー部門も強く気にする部分だ。
この観点を踏まえ、新勘定系システムにおいてもメール関連機能にはこだわったと西沢氏。顧客体験を向上させるためのスピーディーなメール配信が可能なリアルタイム性に加え、フィッシングメール対策を踏まえたセキュリティの充実性も求める要件とした。さらに、万が一障害が発生した際の運用保守における迅速な対応や高い稼働率も欠かせない。
これらの要件を満たしたのが、ユミルリンクの提供するメールリレーサービス・メール送信API「Cuenote SR-S」だった。「Cuenote SR-Sの選定ポイントは、クラウド環境に最適化されたAPI型メールサービスである点でした」と述べるのは、今回のプロジェクトを富士通側で率いた西坂友宏氏だ。
当時、ユミルリンクはAPIを駆使したクラウド連携において先駆けた存在と評価されていたことに加え、国内ベンダーならではの細かなやり取りや迅速なサポート体制が手厚い点も採用を決めたポイントだったという。また、「クロスバンクが目指す先進性やスピード感と、Cuenote SR-Sの技術的な方向性が合致していると感じられたことも採用の決め手となりました」と西坂氏は述べる。
70万通の大量配信も安定稼働、運用負荷を軽減する仕組みとは
クロスバンクにおいてCuenote SR-Sは、取引に対するトランザクションメールやデビット決済など、一斉配信を要するバッチメールといった顧客に対するメール配信全般を担う。顧客に対してメールを一斉に送信するため、配信数は膨大になるケースが多く、高い安定性と可用性が求められる。
実際、新勘定系システムでは、デビット決済の処理において1時間あたり70万通強もの大量配信を安定稼働させている。これは旧システムの要件と比較して2倍以上のスピードを実現していることになる。「Cuenoteシリーズは国内最大規模となる月間81億通の配信実績をもち、CuenoteシリーズSR-S単体では毎時340万通[1]の高配信性能を誇るため、大量配信に強みがあります」と説明するのは、ユミルリンク マーケティング本部 マーケティング部 シニアマネージャーの佐藤日和氏だ。
この大量配信が実現できている背景の一つに、要件に合わせたサーバーの提供が挙げられる。ユミルリンクが提供するサービスは、「共用サーバー」で提供するものと「専用サーバー」で提供するものに分けられており、「大量配信が必要な企業に対しては、その企業専用のサーバーを用意しています」と佐藤氏は述べる。サーバーを分けることで、顧客の要件に合わせた最適な配信方法を提案しているのだ。
Cuenote SR-Sの技術的な強みは、20年以上の配信実績とノウハウをもとに、GmailやMicrosoftなどの各メールキャリアの評価変動を考慮し、「送りすぎないよう自動でチューニングする機能」を備えている点にある。旧システムのメール配信機能では、このチューニングを手動で利用者が行う必要があったが、「Cuenote SR-Sを採用したことで、運用保守の負荷が大幅に軽減されています」と西沢氏は評価する。
その上で、新勘定システムのリリース後もトラブルなく安定稼働を実現している。「Cuenote SR-SにはAPIが豊富に用意されているため、エンジニア目線から見ても監視や保守がしやすいという利点があります」と西坂氏は評価する。
もう一つ、新勘定系システムの移行時に重要なポイントとして認識されていたのがサポート体制だ。システムへの移行にともない、IPアドレスやドメインが完全に刷新されるため、メール送信者のIPアドレスやドメインの「評判」を評価して迷惑メールかどうかを判断する仕組みである「レピュテーション評価」を上げていくことが不可欠であり、そこに課題があったと西坂氏は話す。
これを受け、ユミルリンクは移行計画の策定段階からレビューという形でメールベンダーとしての知見を提供。また、計画通りに進まない外部の評価変動に対しても、ユミルリンクは富士通と適宜打ち合わせを行い、IP数の妥当性の評価や、ブロックが発生した際のキャリアへの解除申請を迅速に行った。「こうしたサポート体制が、プロジェクトの成功に大きく貢献しました」と西坂氏は述べる。
ユミルリンクでは、この長期にわたる大規模プロジェクトの重要性を認識し、「社内全体で複数人が臨機応変に対応できる体制を敷き、通常よりも手厚いサポートを実施しました」と佐藤氏。特に、「メールを止めてはいけない」というミッションクリティカル性への対応として、24時間365日対応の障害窓口を提供している点が大きな安心材料になったと西坂氏は振り返る。
[1] 1社占有ASPサービス環境による、1時間あたりのリレー配信実績値
メール配信を超えた「コミュニケーション基盤」へ:3者が掲げる構想
3者の連携により、リリース後もノートラブルで安定稼働を続けているソニー銀行の次世代デジタルバンキングシステム。今後の展望について西沢氏は、「『安定稼働』を引き続き最重要視しつつ、次のステップとしてビジネスを大きくしていくことを目指しています。今後は、既存の商品に加え、新しい商品やサービスをこの基盤上で提供していく計画です」と述べる。
富士通としては、「クロスバンクをデファクトスタンダードとして展開し、ソニー銀行の事例をもとに他行への機能提供を容易にするなど、金融ビジネスの可能性を広げていきたいです」と西坂氏。クロスバンクは、BaaS(Banking as a Service)モデルの勘定系としても利用でき、金融機能を提供したい異業種の企業や銀行代理業者に対しても機能を柔軟に切り出して提供できる特長をもつ。こうした強みを活かして横展開し、金融業界全体のボトムアップに貢献していきたいとした。
さらに、富士通とソニー銀行は、AIを開発プロセスに活用する新しい技術的取り組みも進めている。クラウドネイティブならではの特徴を最大限に活用し、様々な外部サービスとの連携や新技術の導入を行うことで、開発の効率化、品質の向上とともに、迅速な新商品・サービスの提供に取り組んでいくという。
一方、ユミルリンクは、メール配信にとどまらない「メッセージングプラットフォーム構想」を掲げる。メールだけでなく、プッシュ通知やSMSなど様々なメッセージング手段を提供しており、顧客との「コミュニケーション基盤」という立ち位置でクロスバンクのさらなる進化に貢献しようとしている。
佐藤氏は「メールはあくまでメッセージを届ける一つの手段として捉えており、将来的にはLINEやチャットボットといった手段も含め、届ける対象に適したメッセージ手段を提供できるシステムとして成長させていきます」と述べる。ユミルリンクは、AIを活用した自動チャットボットなど、メールを超えた新しいコミュニケーションビジネスをソニー銀行と共に実現していくパートナーを目指すこととなる。
今回の3者の協業は、クラウドネイティブという先進的な仕組みでレガシーな金融機関システムを近代化するモデルケースとなるだろう。今後も技術的プレゼンスと安定性を両立しながら、金融業界全体の底上げに貢献していくことが期待される。

Cuenote SR-S(キューノート エスアールエス)
Cuenote SR-S(キューノート SR-S)は、お客様のメール配信エンジン(MTA)に代わってメールを高速に配信するリレーサーバーです。配信性能に優れた独自開発の配信エンジンにより、携帯向け大量メールもお客様のメールサーバーからメールをスムーズに受け取り、遅延なく確実にメールを届けます。

